月日の流れは容赦がない。日本へ帰国して厨房に立ち続けてから、ふと振り返れば20余年の歳月が流れている。かつて私が作り続けた一皿に対し、「和に媚びている」「正統ではない」と冷ややかな目が向けられた時期もある。だが、ひたすらに鍋を振り続けてきた今、気がつけば時代という大河のほうが、私の足元へ流れ着いていたような不思議な感慨がある。
情報があふれ、国境やジャンルの垣根が取り払われつつある現代において、私たち料理人は何をよりどころに皿に向かうべきなのだろうか。私が日々、厨房というささやかな空間に立
ち、考え続けている「イタリア料理の核心」について、少しばかり書き記しておきたい。
風土という名の水脈
異国の文化を模倣することは、ある種の憧憬から始まる。1960年代、まだ本国の食材が手に入らなかった時代、先人たちは手に入るもので懸命に日本のイタリア料理の礎を築いた。そして2000年頃、私が帰国した時には、この国の土と水が西洋の種子を受け入れ、熱心な農家たちの手によって見事な「西洋野菜」が育つようになっていた。
目の前に、日本の土の匂いをまとった瑞々しい生命がある。これを使わぬ手はない。しかし、ここで一つの壁に突き当たる。イタリアの空の下で生まれたレシピを、そのままこの国の素材に当てはめても、決して美味しくはならないのだ。日本の野菜には、あちらの大地のような荒々しい苦みはなく、代わりに豊かな水脈が育んだ密やかな水分と、繊細な甘みが宿っている。
それを「模倣の失敗」と断じる声もあった。だが、食文化とは風土に根ざしてこそ花開くものだ。遠く海を越えて辿り着いた異国の知恵を、この国の風土で育て直す。その土地にある最高の素材を使い、そこに暮らす人々が最も美味しいと感じるように仕立てる。それこそが、郷土料理を本流とするイタリア料理の本来の姿ではないか。私はただ、日本の自然と向き合い、目の前のお客様に喜んでいただける最適解を探し続けてきたに過ぎない。
「アルデンテ」の正体
イタリア料理といえば「アルデンテ」という言葉が、まるで絶対的なルールのようにはびこっている。かつては「パスタの中心に硬い芯を残し、噛むたびに歯ごたえを感じるのが正解だ」とされ、今もなおその形にとらわれている人は少なくない。
しかし、技術も素材も常に進化している。近年、パスタの粉も製麺の機械も、目を見張るほどの成熟を遂げた。例えば千葉の地で育まれた国産小麦を使い、「000」という極小の粒子に挽かれた粉で作られるパスタ。そこには、小麦という植物が内に秘めた、力強い旨みと甘みが凝縮されている。
そのような見事な素材を前にしたとき、作法に縛られて無理に芯を残すことは、かえって素材の持ち味を殺す結果を招く。むしろ、少し「茹ですぎ」と思えるほどにしっかりと火を通すことで、初めて小麦の奥深い甘みや、大地を思わせる豊かな食感が引き出されるのだ。
何が何でも芯を残すことがアルデンテではない。その素材が最も輝き、命を全うする瞬間に立ち会うこと。形という執着を捨て、素材の真の姿を見極めることこそが、現代における「アルデンテ」の正体である。
引き算の美学
フランス料理のトップシェフたちが昆布や鰹の出汁の魅力に気づき、ジャンルの垣根が曖昧になりつつある昨今、私にとってのイタリア料理らしさとはどこにあるのだろうか。
ひと言でいえば、それは「引き算の美学」である。重厚なソースを何層にも重ねていくのがフランス料理の構築美であるなら、イタリア料理は、過剰な装飾を削ぎ落とし、素材をあるがままの姿へと還していく作業だ。
薪の炎で炙り出された肉の香ばしさに、果たして重たいソースは必要だろうか。上質なオリーブオイルのひと滴と、塩の結晶、あるいは南イタリアの風を思わせるレモンをひと搾り。それだけで、命は十分に輝く。真鯛のカルパッチョを口にした瞬間、「ああ、私は今、真鯛をいただいているのだ」と体の奥底で直感できること。己の作為を捨て、素材の素顔と真摯に向き合う覚悟こそが、イタリア料理の精神なのだ。
手を加えすぎず、ありのままの自然を尊ぶ。この思想は、海に囲まれ、四季の移ろいを愛でてきた日本の和食の心と深く通底している。違いがあるとすれば、甘みを引き出す手立てが「米やみりん」という農耕の恵みか、「葡萄や柑橘」という太陽の恵みか、というささやかな違いに過ぎない。シチリアの南蛮漬け「サオール」は、砂糖を用いず、干し葡萄やオレンジの酸味で丸みのある味わいを創り出す。そのわずかな違いのなかにこそ、互いの文化への敬意と愛おしさが息づいている。
現代という慌ただしい時代は、時に人々の心を重くする。めまぐるしい日々の中で、常に決断を迫られて歩く大人たちに、ことさらに技巧をひけらかすような一皿は必要ないだろう。私が供したいのは、素材の命を極限まで引き出した、必然にして素朴な一皿である。
私が作りたいのは、純粋に食べて美味しく、明日への活力になるような料理だ。余分なものを削ぎ落とし、素材そのものの味で勝負する。そんなイタリア料理という世界に出会えて、本当によかったと思っている。
本多哲也 ほんだ・てつや
1968年、神奈川県生まれ。84年、東京調理製菓専門学校卒業。東京のイタリアンレストラン数軒を経て渡欧。イタリアやフランスなどで3年にわたり研鑽を積む。帰国後、99年に「リストランテ アルボルト」副料理長に就任。2004年に独立し、「リストランテ・ホンダ」をオープン。18年、店内を一部リニューアル。
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※『Nile’s NILE』2026年4月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

