湯山玲子 クラシック鑑賞は、もはやSMプレイである

極め道の不自由を愉しむ 第1回

極め道の不自由を愉しむ 第1回

人生は仕事と趣味とあとは事務(家庭や税金関係や地域活動等々)で大半が過ぎていく。趣味は多くの人にとって生きがいにもなるが、日本人の傾向として、そこに楽しみ以上のものを求める傾向があるのはご存じの通り。いわゆる、その道を究めるというヤツで、花道に茶道に武道ってね。最近ではサウナを極める「サ道」というものもあるらしい。

さて、音楽鑑賞は多くの人が心当たりがある素晴らしい趣味だが、ことクラシックにおいてはそこに強力に「クラシック極め道」というようなマインドが強烈に存在する。人の心をつかむキャッチーなメロディーとナイスなグルーヴがあれば、音楽は必要十分だというのが多くの人の常識だが、クラシック音楽の魅力はそこだけではない。ブルックナーなどの交響曲は、単純なメロディーが手を替え品を替え登場し、最長100分ほどの時間をかけて初めて、まるで音楽のサグラダファミリア(私の感想ね)のような巨大建築物のような全貌が立ち現れる。残念ながら、それらを愛でるには、3分間あれば曲の魅力が分かるポップスとは違った、音響の全てを享受できる耳と脳の回路が必要で、それを一期一会のコンサート通いの中に極めていくのが、クラシック観客の「道」というわけだ(あー、面倒くさい)。

道場ならば、そこには不文律がある。してそのモラルの頂点は、何と言っても雑音をたてないこと。デリケートな生音の演奏なだけに、確かにノイズは邪魔になるが、近年特にSNS以降このモラルがエスカレート。かつては、「生理現象だから仕方がないよね」と許し合っていた咳や咳止め飴の包み紙のカサッというちょっとだけの音にも、矢のような視線が飛んでくるのが今。

海外のコンサート会場はもうちょっと寛容で、オペラの曲間に連れ合いの耳元で感想をささやいたり、アリアを小声で歌っている人もいるぐらい。日本ではノイズ発生者が大犯罪人扱いになるのは、「静かに聴くことがつまり、敬意の表明である」という「道」ならではのモラルであり、これは文化なので致し方ない。

こんなにエンタメが溢れている現在にあえてクラシックに足を運ぶという人たちは、その極め道に人生をかけている強者たちで、コンサート会場は、現実的にそちらの方が太(フト)客。現在ナマで一流の演奏を聴きたかったら、残念ながらこの粛清環境に甘んじなければならない。

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さて、それを乗り越えるにはどうするかと言えば、SMにその回答アリ。この不自由感をボンデージ同様に考え、そんな拘束体感の中で耳に集中して、耐え抜いたその先の快感を見いだすというプレイです。

そんなのゴメンだ!というならば、配信や録音物でクラシックを愉しむという選択肢の方をオススメする。こちらはもう自由自在。本日も、恒例の朝の散歩でジョージ・セル×クリーブランド管弦楽団でマーラーの交響曲第10番の一楽章を聴いていたが、例のマジで怖いコードと目の前のクスノキがシンクロして、その大木が一瞬妖怪になった。

このストリーミング時代、浴びるようにクラシックを聴くうちに、自分にとってのお気に入り曲が必ず浮上してくる。コンサートとは、その曲を今度はナマで聴いてみてどうか?という生体実験。もちろん、SMのMッ気にて、客席の粛清モードを乗り切り、演奏が素晴らしかったならば、そこには確かに一期一会の“芸術”が存在するのだ。

湯山玲子 ゆやま・れいこ
著述家、プロデューサー、おしゃべりカルチャーモンスター。1960年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。ぴあに勤務後、フリーの編集者、ライター、広告ディレクターとして独立。現場主義をモットーに、映画、アート、演劇、音楽、食、ファッション、ジェンダーなど、多岐にわたる分野で発言を続けている。日本大学藝術学部文芸学科、東京家政大学非常勤講師。辻静雄食文化賞選考委員。ホウ71取締役。

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※『Nile’s NILE』2026年4月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

真のラグジュアリーとは何か

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ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
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