去る3月25日、2026年のアジアのベストレストラン50のアワードが、長年美食の都としてその名を馳せる香港で初めて行われた。アジアのベストレストラン50は、フードジャーナリスト、シェフ、料理関係者など、食の識者約350人の投票によって順位が決まるアワードである。会場となったのは、名門のケリーホテル。関係者約900人が集まって熱気に満ちた一夜が繰り広げられた。アワードでは、50位から順に発表される。シェフたちは少しでも遅く読み上げられることを祈りながらその時を待つ。最後に残った店、つまり1位はレジェンドシェフとして名高い、ダニー・イップ氏率いる香港の「ザ・チェアマン」だった。昨年の2位から順位を押し上げ、2021年以来の1位に輝いた。氏は「広東料理の革新者」とも言われ、店を始めて30年以上になるが、コラムニストとしても活躍しており、古い文献から引いた伝統的な料理を再構築するなど、常に新しい料理を創造し、進化を続けている。
まずは、10位までの上位入賞レストランを見てみよう。2位の「ウィング」は、中国八大料理の伝統にフランス料理の技法を用いた革新的なアプローチで再解釈し、ゴージャスな店内で供している。3位には昨年1位の「ガガン」がランクイン。インドにルーツを持つ氏のストリートフードにインスパイアされた独奏的な料理が相変わらず人気だ。4位がソウルのモダンコリアンの「ミングルス」。5位のバンコクの「ヌサラー」は、家族に伝わるレシピを現代的に解釈。6位が上海の「ミート・ザ・バンド」。7位がマカオの「シェフ・タムズ・シーズンズ」。8位がバンコクの「ガガン・アット・ルイ・ヴィトン」。9位が上海の「リン・ロン」。10位が杭州の「如院」。こちらは「最上位の新規入賞レストラン賞」を受賞。こうして10位までを見てみると、香港を筆頭にマカオ、メインランドも含め、チャイナのものすごいパワーを感じずにはいられない。しかも6位以下は「シェフ・タムズ・シーズンズ」以外は、去年はトップ10には上がってなかった店ばかりだ。このチャイナの勢いはなんなのであろうか。開催地が香港ということに関係があるのだろうかと思ってしまうほどだ。さらに順位を下ると、17位の北京の「ランドレ」は、昨年から33位ランクを上げた「ハイエストクライマー賞」を受賞している。とにかくチャイナの力を実感させられるアワードであった。
日本勢は13位にランクインした「ラ・シーム」が最高位と、過去13年、初めてトップ10入りがないという残念な結果に終わってしまったが、大阪でのこの頑張りはたいしたものだ。16位が東京のフレンチ「セザン」。ただし、シェフのダニエル・カルバート氏は3月いっぱいで退任。その後どうなるのか楽しみだ。21位が東京の「茶禅華」。繊細な中国料理が評判だ。28位がペルーを旅しているような気分にさせてくれる「MAZ」。31位が「フロリレージュ」。33位が日本料理の「明寂」。34位がイノベーティヴフレンチの「クローニー」。37位が里山キュイジーヌを標榜する「NARISAWA」。以上である。数こそ東京はバンコクの9店舗に次ぐ7軒で2番目のグルメ都市ということができるだろうが、やはり物足りなさがぬぐえない。ガツンと返り咲くためには何をしたらよいのだろうか。よりコラボレーションをするなどして、知名度を上げていくことなのだろうか。何しろ結果は、各国の評議員の投票で決まる、いわゆる人気競争だから、一筋縄ではいかない。
ただし、一足先に発表された50位~100位を見てみると、60位に福岡の「Goh」、76位に京都の「Cenci」、81位に和歌山の「ヴィラ・アイーダ」、82位に金沢の「片折」、92位に金沢の「レスピラシオン」、93位に山形の「出羽屋」、97位に富山の「レヴォ」など地方都市の名店が思いの他多くランクインしていて、これは嬉しい。インバウンドの増加も含めて、全力で応援していきたい店たちだ。
そのほかの主なアワードは、ソウルの「オンジウム」(12位)のチョン・ウンヒ氏が「アジアの最優秀女性シェフ賞」を受賞。シンガポールの「オデット」(19位)のレスリー・リョウ氏が女性で「アジアのベストソムリエ賞」を受賞。ジャカルタの「オーガスト」(42位)のアルディカ・ドウィタマ氏が「アジアのベスト・ペイストリー・シェフ賞」を受賞。また、トップ50圏外では、バンコクの「バーン・テパ」(53位)が、環境配慮型ガストロノミーへの取り組みを評価され、サステイナブル・レストラン賞を獲得した。また、「ヌサラー」(6位)などのシェフ、ティティッ・トン・タッサナーカチョン氏は業界内シェフ達による投票に基づくシェフズ・チョイス賞を受賞。
また、前日には#50 Best Talkというイベントがあり、シェフやソムリエなど、5人の登壇者が、それぞれの“ルーツ=根ざす”に関するスピーチを行った。あるものは、「ルーツとはノスタルジーではありません。土地、人、そして未来に対する責任です」と。また「私にとってのルーツとは、自分がどこから来たのか知ること、それが、自分がどこへ向かうのかを教えてくれる」という人も。「今自分が立っている場所に、どのように応答していくかということ」などそれぞれの考えを発表し、具体的にどのようにルーツを現在の仕事に生かしているのかを熱く語ってくれた。それぞれの考え方を聞くことは、料理業界における視野を広げるのに、大いにためになった。
毎年の食のトレンドの指針となるアジアのベストレストラン50。今年は17の都市から50のレストランがランクインした。8店舗がニューエントリーで4店舗が返り咲きだ。つまり12のレストランが入れ替わっていることになる。さらに、それぞれの順位は乱高下。その奔放さこそがベスト50の醍醐味であるからこそ、順位に一喜一憂せず、膨大な食のデスティネーション地図として活用するのも、また楽しい。

