柏井 壽 地方の美食
ガストロノミーツーリズム

食語の心 第142回

食語の心 第142回

ガストロノミツーリズム、という言葉が定着してきた令和7年の冬。日本の観光業に、思いも掛けない大きな変化が起こった。ガストロノミツーリズムを牽引してきたインバウンド客が、政治的要因によって激減したのだ。最も大きなマーケットだった、中国や香港の客が、日本を敬遠するようになってしまった。もちろんすべてが途絶えたわけではなく、一部の富裕層は、これまで通り日本の美食を愉しもうと来日するが、大手を振って、とはいかず、こっそりと足を運ぶようになった。

となれば当然ながら、SNSなどを通じて自慢するわけにもいかず、これまでのように情報が拡散する機会が減ってしまったのである。映える情報の拡散に集客を頼っていた飲食店は、新たな販路を模索せざるを得なくなってしまった。隆盛を極めていた、インバウンド景気に依存していた店は、思わぬ苦境に陥ることになったのだ。

8割を超える客が外国人で、そのうち半分以上が中国や香港の富裕層だったという、九州のとある鮨屋は従業員を解雇しはじめ、価格の変更に踏み切ったそうだ。どんなムーブメントも未来永劫続くわけではないのだが、そこに思いを致さなかったツケが回ってきたといえるだろう。

いつのころからか、海外の美食家が好んで訪れる店=地方の名店という図式が描かれるようになり、世界の富裕層がガストロノミツーリズムの指標になってしまった。日本固有の侘び寂びとは無縁の、派手なパフォーマンスや、希少な食材を売りものにする店を好むのが、海外の富裕層の特徴であることは論をまたない。

オーソドックスより、イノベーティブ、は今や地方の食の流れだ。先人が築いてきたクラシックな料理では注目されないから、いきおい独創的な料理に走る。ときにそれは、ひとりよがりでしかないのだが、フーディーと呼ばれるひとたちは、その流れを後押しする。かくして地方の食は丸みを失い、とがった店ばかりがもてはやされるようになってしまった。いかにしておいしくするか、より、いかにして目を引くか、にスポットを当てるようになった。

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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