Basque Climate 料理の進化がとまらない

イエズス会を創設し、キリスト教布教のため東洋に向かったバスクの男たち。牧羊技術をアメリカへ伝え、漁師たちはクジラを追って遠くニューファンドランドまで船を進めた。働くことの価値を守り、頑固だが革新性に富んだ彼らは食の世界をも変えた。

Photo / Text Chiyoshi Sugawara

イエズス会を創設し、キリスト教布教のため東洋に向かったバスクの男たち。牧羊技術をアメリカへ伝え、漁師たちはクジラを追って遠くニューファンドランドまで船を進めた。働くことの価値を守り、頑固だが革新性に富んだ彼らは食の世界をも変えた。

カウンターに積まれたキノコの山。サンセバスティアン旧市街の「ガンバラ」はキノコ料理が人気の老舗バル。右下はポピュラーな食材でギンディージャと呼ばれる細長の青唐辛子。

名高達郎がアリハソッツェと呼ばれる石を持ち上げるバスク特有のスポーツに挑戦したアリナミンAのCM、また司馬遼太郎が週刊誌の連載「街道をゆく」で旅し、緒形拳がピレネー山脈のロンカル谷の村で一年間過ごした記録のTV番組「風の谷の虹の村」を覚えている人は少ないだろう。いずれも1980年代のことで、「バスク」という言葉が身近になったのはこの頃だと思われる。

バスクのワイン、チャコリは高いところからグラスに注ぎ立てサッと飲む。このサーブ方法はエスカンシアと呼ばれるが、ビスカイア産などはエスカンシアをしない。

バスク人とは誰か

名高達郎がアリハソッツェと呼ばれる石を持ち上げるバスク特有のスポーツに挑戦したアリナミンAのCM、また司馬遼太郎が週刊誌の連載「街道をゆく」で旅し、緒形拳がピレネー山脈のロンカル谷の村で一年間過ごした記録のTV番組「風の谷の虹の村」を覚えている人は少ないだろう。いずれも1980年代のことで、「バスク」という言葉が身近になったのはこの頃だと思われる。

天井から下がったおびただしい数の生ハムは、スペインのバルではおなじみの風景。下に付けられたのはハムから溶け出す脂を受け、広口のグラスはチャコリ用だ。

バスクとは民族の呼称であると同時に固有の歴史と文化圏を示す地域の呼称である。地中海から西に向かって約430㎞、ヨーロッパ大陸とイベリア半島を隔て、スペインとフランスの国境を成すピレネー山脈がカンタブリア海に落ち込むあたりに広がる。現在ではスペインの4県とフランスの3地域を含めた約2万㎢がバスク地方と呼ばれている。芸術や美食の地として世界の耳目を集めているバスクだが、終始ミステリアスな印象がつきまとう。まず言語である。バスク語は他のどの言語とも関連性がなく、インド=ヨーロッパ語が広まる以前からあった系統不明の言語と言われ、そのバスク語を話す人々の住む地域がバスクなのだ。

パプリカをきかせたバスク定番のソーセージ、チストラとポーチドエッグ。

言語は民族文化の核であり、それゆえスペイン内戦時のゲルニカ爆撃を始め、フランコ政権時代には激しい弾圧を受け、バスク語は禁じられた。歴史上イベリア半島にはケルト、ゲルマン、ローマ、イスラム・アラブと多くの民族が入ったにもかかわらずその影響は少なく、バスク人の起源は詳しく分かっていないという。

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    カウンターに並ぶピンチョスや注文を受けながら器用に黒板に板書。
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    クリエーティブ系のピンチョスで人気のバルは、店内のたたずまいもモダンだ。
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    ウサギ肉のソテーにニンジン、そして牛乳・砂糖・ゼラチンを使ったウサギのステンシルを添えた。
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一緒に食べ、歌い、踊る

海の幸、山の幸をもたらす豊かな自然は、同時に厳しい生活環境でもある。そこでは牧羊や漁業などの共同作業を通じてともに食べ、歌う習慣が生まれ、結び付きの強いコミュニティー文化が育まれ、ソシエダ・ガストロノミカ(バスク語でチョコ)、いわゆる「美食クラブ」の背景となって、バスクの食文化を支えていった。

オブジェ風に見せているチーズと生ハム。右はヒルダ。長い串を使うモダン派ピンチョス。

美食クラブは19世紀後半にサンセバスティアンで始まり、当初は職人たちのギルドや互助会といった性格を持っていた。牧羊や漁業が主体のバスクでは、男性は長期間家を留守にすることが多く、女性が家を守る母系社会であったことも要因とされる。そこで男たちの自己解放の場として社交クラブが次々に生まれたが、突出していたのは「食」を楽しむクラブで、自ら料理を作り、歌い、仲間の絆を深めた。一方、家庭では長い歴史の洗礼を受けながら生き抜いた家庭料理が受け継がれていた。

ジャガイモとゆで卵の輪切り、ツナ、アンチョビ、オリーブ、酢漬けした玉ねぎのみじん切り添え。

クラブの目的や性格は異なっていても「男だけ」と「食べる」ことは共通し、加えて「女性禁止」というルールは、謎めいたものを感じさせた。しかし、1920年代に若い世代のクラブが次々に生まれ、また社会環境の変化もあり、休日や祝祭日にゲストとして女性の出席を認めるなどクラブも変化した。現在では無条件で女性が参加でき、あるいは会員になれるクラブもあるという。

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    スペインのバルではポピュラーなトルティージャ(スパニッシュオムレツ)のベルガラ版。
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    串で刺されているとはいえ、無事に口まで運ぶことが難しそうなピンチョス。
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    ラタトゥイユにカタクチイワシをのせてミルフィーユ風にした、バル・ベルガラの一品。
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ピンチョスの誕生

褐色に乾いた高原地帯が広がるイベリア半島だが、北端のカンタブリア山脈が北の海に一気に落ち込む一帯は緑に恵まれ「緑のスペイン」とも呼ばれる。そのカンタブリア山脈が東端でピレネー山脈と交わりビスケー湾に落ち込んだところにサンセバスティアン(バスク語ではドノスティア)がある。

モンテ・イゲルドとモンテ・ウルグルという二つの岬に挟まれ、コンチャと呼ばれる美しく広い砂浜の湾に面した街サンセバスティアンは小さな漁港として始まるが、やがてカスティーヤ王国の重要な羊毛の輸出港となる。しかしスペインがフランスによる占領からの独立戦争末期の1813年8月31日、ナポレオン軍の侵攻で街は焼失。その後再建されたのが現在の旧市街で、憲法広場を中心にフェルミン・カルベトン通りや、わずかに焼失を免れたことにちなむ8月31日通りを始め、自慢のピンチョスでしのぎを削るバルがひしめきあっている。

モンテ・イゲルドの展望台からコンチャ湾とサンセバスティアン市街。左のモンテ・ウルグルの麓に旧市街が広がり、小さい漁港が。遠くピレネーの峰がかすむ。

スペイン人の暮らしに欠かせないのがバル。そこではおつまみとも言えるタパスと呼ばれる軽食を出すところが多い。そのタパスがサンセバスティアンを震源に小皿料理として進化したのがピンチョスだが、その歴史はそう古いものではなかった。もともと料理の評価が高かったバスク地方だが、1887年、摂政となったマリア・クリスティーナが、サンセバスティアンに夏の王宮を構えたことからコンチャの浜はロイヤルビーチとも呼ばれ、ヨーロッパの上流階級が集うリゾートとして有名観光地となっていった。そうした中、世界から訪れるリゾート客に向け、旧来の伝統料理依存から脱しようと、若いシェフたちが研究してレシピを共有し合ったことから、新しい料理が次々にレストランのテーブルを飾るようになった。レシピのオープン化で、サンセバスティアンのバル「ラ・ヴィーニャ」の人気メニューであるオリジナルのチーズケーキを、今では日本のスペイン料理店で食べることもできるのだ。

土鍋で炊き上げられた「アサリごはん」はバスク各地で見られる定番のお米料理 。

この動きが始まったのは1970年代のことで、中心にいたのが当時からすでにヨーロッパでは屈指と言われていたレストラン「アルサック」のオーナーシェフであるフアン・マリ・アルサックである。彼に触発されたフェラン・アドリアは、世界で最も予約が取りにくいと言われたレストラン「エル・ブジ」を率いることになる。フェランの影響は世界に広まったが、当然それはバスクの若いシェフたちの料理、そしてバルのタパスにもおよび、次々に新しい料理がバルから生まれた。

ピンチョとは「串」のことで、代表が酢漬けの唐辛子にアンチョビ、そしてオリーブの実をようじで刺したヒルダ。往年の女優でセックスシンボルとして人気を誇ったリタ・ヘイワースが演じた映画『ギルダ』(1946年公開)にちなんだもので、女性の曲線美を表していると言われ、今でも定番のピンチョスである。

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    1892年完成のビルバオ市庁舎、ネルビオン川岸のサンアグスティン修道院の跡地に建てられ、前にバスクの代表的な現代彫刻家ホルヘ・オテイサの作品「変形する楕円」が。
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    バスクの主要漁港の一つベルメオ。港の背後は坂道の狭い路地が続き、15世紀末から17世紀の初めにはビスカイアの首都が置かれた街。
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    魚介の炭火焼きやチャコリで有名な港町ゲタリアは、航海途中で没したマゼランの後を継いで世界一周を果たしたセバスティアン・エルカノやデザイナーのバレンシアガの故郷。
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    旧市街が国定史跡となっているフランスとの国境の街オンダリビアは、城壁に囲まれ、石畳の路地に沿って窓辺を花の鉢で飾った家が続いている。
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バルから生まれる新しい料理

シンプルな串刺しもエビを始めさまざまな食材が加わって次第に華やかになり、加えて分子料理などフェランの影響もあってエンターテインメント性が加味され、レストランで供されるような手の込んだ小皿料理は爆発的な人気となった 。つまみの概念も越え串刺しの垣根も越えてしまったのだ 。

カウンターにズラリと並んだピンチョスは実に壮観で、客が好みで選べるようなスタイルにしたのもサンセバスティアンのバルが発祥だ 。バルに不慣れな観光客にとっても便利なシステムと言え、バルのハシゴを楽しくしている 。

男たちの社交場「美食クラブ」の食事会 。美食という言葉と裏腹に男たちが大勢で集う料理は味本位で仲間同士の会話を促す 。食事が終わる頃、誰かが歌いだすと合唱になる。

そう、バルの楽しみ方の神髄はハシゴにあり、サンセバスティアンの大きな観光要素でもある 。1、2杯、1、2品で次のバルへというのが楽しみ方のコツで、混んでいる店ではピンチョス選びに時間はかけられない 。カウンターに潜り込み、店員と目が合ったら素早く飲み物を注文し、その間にピンチョスを選ぶのがポイントである 。その店の人気メニューをあらかじめチェックしておくことも大事で、まごまごしていると何も口にできないことにもなりかねない 。

今日もまた、バルのカウンターには食欲をそそる新しい料理が並んでいるに違いない 。ファン・マリ・アルサックは言う 。

「バルのピンチョスの進化が止まることはないだろう」

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    新鮮な野菜をサッと素揚げしただけだが、極上の一品に 。これぞ真の美食だ 。
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    ナバーラ県ロドサの名産ピキージョ(赤ピーマン)は用途が広い食材 。
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    「ポキト・マス!(もう少し)」とお互いに料理を勧め合いながら食事が進む 。
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※『Nile’sNILE』2022年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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