覚悟の一本勝負 片折

別名・女川。せせらぎの音も耳にやさしく、緩やかに流れる浅野川。「片折」はその岸に、周囲の空間に溶け込むようにひっそりと立つ。ここで腕を振るう片折卓矢氏は、金沢最上級のとれたての食材を使って、その旨みを最大限引き出したシンプルな料理を追求する。

Photo Masahiro Goda Text Junko Chiba

別名・女川。せせらぎの音も耳にやさしく、緩やかに流れる浅野川。「片折」はその岸に、周囲の空間に溶け込むようにひっそりと立つ。ここで腕を振るう片折卓矢氏は、金沢最上級のとれたての食材を使って、その旨みを最大限引き出したシンプルな料理を追求する。

片折 卓矢(かたおり・たくや)
1983年富山県生まれ。金沢の調理師専門学校を卒業後、金沢の名店「つる幸」で11年間修業。2014年から「かなざわ玉泉邸」で料理長を務め、『ミシュランガイド富山・石川』で一つ星を獲得。2018年5月に「片折」を独立開業。

店を潰す覚悟でいい魚を買い続けた

2018年5月にオープンしてからの1年は、本当にきつかった。お客様が週に3人、なんてこともありました。それでも痩せてる平目より太った平目と、いい食材を買い続けました。市場や問屋の人に「片折はいいものを持っていく」と信頼してもらいたくて。奥さんには叱られるし、若い子は掃除しか仕事がないし、挫けそうになりましたけどね。そのうちヤケになったわけじゃあないんですが、「もう店を潰そう」と思って、さらにもっといい魚を買い続けたんです。そんな時です、氷見の市場から「20kgのクエのいいのが揚がったよ」と連絡が入ったのは。刺身なら200人前とれる量ですから、さすがに迷いましたが、えいって買っちゃいました。その日予約いただいていたお客様が、たまたまフレンチの名店「カンテンサス」の岸田周三シェフでね。その時は何も言わずにお帰りになったんですが、数カ月後に「人生最高レストラン」というテレビ番組でうちを紹介してくださったんです。そこから全国の食通が来てくださるようになって。もう奇跡としか言いようがありません。「北陸でとれる最高の食材から最高の旨さを引き出す」という僕の料理哲学を曲げずにがんばってよかったと、心底思います。これからもそこはブレない軸として、精進します。

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食材を求めてロングドライブ

北陸の冬を象徴するのは、何と言ってもズワイガニ。敦賀まで買いに行きました。魚の仕入れは主に氷見。朝4時半に店を出て、6時に始まる競りに臨みます。時には七尾に出かけ、朝どれの魚を吟味することもあります。出汁の水は七尾の山奥に湧く「藤瀬の霊水」。今は若いスタッフが週3回、往復3時間かけて汲んできてくれます。

もちろん野菜だって生産者の所まで足を運ぶし、秋になれば能登北端の珠洲まで松茸を採りに行きます。至高の食材のためなら、どこまでも自分の足で行く。そこにとことんこだわるのは、生産者から“おいしい情報”をいただくため。食材を知り抜いている彼らとの交流が、「片折」の料理を作っていると言っても過言ではありません。

片折氏は初めて迷い鰹を食べた時、「鰹の概念が変わった」そうだ。なかなか手に入らないが、片折氏は浜まで行くからこそ競りで落とせる。福井の和辛子を添えて。

しつらえに光る数寄屋大工の技

店のしつらえは、かなざわ玉泉邸時代に知り合った数寄屋大工さん父子にお願いしました。大工の息子さんが骨組み、建具師のお父さんが窓・戸・枠などを担当して。中塗り仕上げの壁とか、丁寧に面取された桟とか、見えない所まで技が尽されています。店に賭ける僕の思いを意気に感じてくれたのかな。中でも思い入れがあるのは、能登アテ(ヒバ)の一枚板のカウンター。能登アテは普通ねじれてますが、これは大丈夫かもと半ば博打でピーッと引いてみたら、まったく大きな節がなかった。これも奇跡ですよ。その正面に、今は金沢ゆかりの女性俳人、加賀千代女の書いた軸と、魯山人の綾部の灰皿を飾っています。空間にしっくり合って、すごく気に入っています。

むちむちっとした食感と淡泊な味わいが魅力の能登の鮟鱇と、掘りたてのみずみずしい金沢のカブラが、やさしい鰹出汁に包まれて、最高の旨さが引き出される。

片折卓矢氏が“食材へのこだわり”にどんどんのめり込んでいったのは、「かなざわ玉泉邸」の料理長を務めたことがきっかけだ。同店は山代温泉の旅館「瑠璃光」が立ち上げた料亭。

「もともと30歳で独立と決めていて、つる幸の大将に頭を下げて辞めたタイミングで、そのお話をいただいたんです。最初は戸惑いました。言われた通りに料理をしていたそれまでと違って、今度は自分の料理を打ち出さなくてはいけない。どんな思いで、どんな食材をどう調理、味つけするのか、自問自答する毎日でしたね。その中で調味料も一から見直し、水も鰹節も魚も野菜も全部、納得のいくものだけを使おうと決めて、氷見や七尾の浜とか農家さんなど、生産者めぐりを重ねました。結果、再認識したのは北陸の食材の素晴らしさ。ここにフォーカスして最上級の味を極めたいと思いました」

「かなざわ玉泉邸」で勉強すること丸4年、自分が料理を通して伝えたいことが明確になった片折氏は、満を持して「片折」をオープンさせたのである。

「今回のお料理の一品目は、氷見でとれた迷い鰹のお造り。九州から日本海を北上して来た鰹で、日に1、2本しか揚がらないんですよ。血生臭さのまったくない、中とろのような味わいです。

2品目は、能登の鮟鱇とカブラの椀。あまり知られていませんが、水揚げ直後の鮟鱇は、あの独特のクセがなくて、本当においしいんです。出汁は鰹。枕崎の一本釣りの鰹で、じわーっと火を入れてつくってもらった、繊細な風味の鰹節を使っています。見た目は地味ですが、僕の中では柚子を添えるという選択肢はない。邪魔なんです」

どこまでも食材勝負。産地まで足を運ぶことにこそ「片折」の旨さがある。

また器は、お造りが能登の小萩で、お椀は沈金刀で掘られた文様が美しい輪島塗り。片折氏が修業中から買い集めてきたものだ。「料理の素晴らしさはもちろん、器や店のしつらえなどを知り、理解を深めてこられたのはつる幸さんのお陰」と目を細めて、器を愛おしむ姿にも、料理と真摯に向き合う料理人の誠実さがうかがわれる。

●片折
石川県金沢市並木町3-36
TEL076-255-1446
営業時間17:00~20:00(L.O.)
※一斉開始の二部制
※水曜・日曜のみランチ営業12:00~14:30 不定休

※『Nile’s NILE』2020年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
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