日本の食に新たな光を当てる INUA

トーマス・フレベル

Photo Haruko Amagata Text Rie Nakajima

トーマス・フレベル

蝦夷鹿の骨付きのリブ肉、松の新芽の串に刺した鹿のフィレとセップ茸、黒トリュフのペーストと鹿脂をのせたエノキの軸のステーキ。ほんのりと野生のかぐわしい香りに包まれ、脂身もサクサクと食べられる。旨みたっぷりだが軽やか。

デンマークの経済を変えた“世界一予約の取れないレストラン”「noma(ノーマ)」。その「ノーマ」のシェフ、レネ・レゼピ氏と提携する店として世界の注目を浴びつつ誕生し、最新の『ミシュランガイド東京』で二つ星の評価を得た話題の店が「INUA(イヌア)」だ。ヘッドシェフのトーマス・フレベル氏は、日本各地を旅しながら食を見つめ、新しいものを生み出す挑戦を続けている。

1983年ドイツ・マクテブルク生まれ。コペンハーゲンのレストラン「ノーマ」でレネ・レゼピ氏の右腕として活躍。2018年6月に「イヌア」のオープンとともにヘッドシェフに就任。

新しい味を研究・開発するチーム力

「イヌア」には厨房の他に研究・開発部門があります。その中でもリサーチするのは購買チーム、新旧の生産者の方を調べ、その方が作ったり、採取したりしているものを日々確認しています。開発を担当するのは、テストキッチン専属のシェフたちで、料理の組み立て方や、新しいフレーバーの研究を行います。お客様に最も近い存在であるフロアスタッフの仕事も重要で、おしぼりの温かさなど、天候などによる変化を細かく調整しています。実はこうした体制は、ルーツであるコペンハーゲンの「ノーマ」と同じ。各部門が日々打ち合わせをして、新しい料理を1日に2、3品テイスティングしています。シェフ一人ではなく、チーム力によって、ここにしかない体験をご提供しているのです。私自身、「ノーマ」では厨房の後、マネージャーとして研究開発チームに7年間所属しました。「ノーマ」のシェフ、レネ・レゼピから教わったのは、食材への理解を深めることの大切さ。世界4大陸でポップアップレストランを開いた時には同行し、各地で新しい食に出合いました。その中で、レネと私が特に興味を引かれたのが日本です。日本は舌の肥えた、食材への理解が深い人が多い国。食の都・東京で自分の店を持つのは大きなチャレンジでしたが、だからこそやりがいを感じています。

食材の宝庫、日本で出合った食材たち

「イヌア」とは、自然に宿る生命の力や精神を意味する、イヌイットの神話に由来する言葉です。私たちは類いまれな食材に恵まれた日本の各地を旅し、自然の摂理を感じながら、さまざまな食材や野生の動植物にアプローチしています。そして、発酵や燻製、熟成など日本古来の技術を使いながら新しい味を引き出すのです。

千葉県産の野鴨、アイヌ民族に伝わるシケレペ(キハダの実)、黒マイタケ、四方竹、ラビアン ローゼ、そして鹿児島県の枕崎で鰹節と同じ製法で作ってもらった野菜節。「イヌア」は、15の国籍を持つスタッフが集まった多国籍なチームです。私たちが日本の食に抱いた敬意と感動を、日本の皆様にも感じていただけたら幸いです。

もう一人の師、フンデルトヴァッサー

研究・開発をしているテストキッチンに飾ってあるこの絵は、オーストリア出身のアーティスト、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーの作品です。日本でも大阪市環境局の舞洲工場という清掃工場を設計しているので、ご存じの方もいるでしょう。この絵そのものというより、フンデルトヴァッサーの哲学に感銘を受けています。彼はすでに亡くなっていますが、活動中に、私たちが直線に囲まれた生活をしているということに気づいたのです。これは実は、不自然なこと。自然界に直線はないからです。そのため、彼がデザインした建物は曲線を中心にできています。自然活動家としても活躍した人で、「私たちは自然界から取る一方で還元していない」という考えから、自身が設計した建物では、壁面緑化なども採用しながら、建物と同じ面積の植物を取り入れることを目標にしていました。食材も、自然がなければ入手できません。そのことを忘れないために、この絵を身近な場所に飾っています。

キャラメリゼしたワカメに、クリームを挟んだミルフィーユ。日本人の感覚では「ワカメをスイーツに?」と驚くが、トーマス・フレベル氏は「海苔の佃煮も甘いでしょう」と涼しい顔だ。目新しいだけではなく、ワカメのパリパリとした食感がいい。甘みはあるが海藻の爽やかさは失われておらず、コース後の口直しにもぴったりだ。

英国の雑誌による「世界のベスト・レストラン50」で1位を4度も獲得したデンマークの名店「ノーマ」。研究開発部門で活躍したシェフが率いる「イヌア」の誕生は、世界の注目を集めた。フレベル氏は、日本でどんな料理を披露するのか。一言で表すなら「日本の四季や食文化を、日本人とは別の視点で表現した料理」と言う。ドイツ出身のフレベル氏は、16歳でサッカー選手の夢を諦め、ビストロを経営する父を将来手伝うために修業をスタート。世界トップレベルのシェフを目指すきっかけとなったのは、ドイツ初のミシュラン三つ星シェフ、エカート・ウィツィヒマン氏の著書だ。

「料理を通して世界を旅し、さまざまな食や人に出会えたという彼の人生に感銘を受けたのです」

ワカメに粉砂糖をまぶしてオーブンで焼いたものにクリームを挟んだミルフィーユ。柚子の皮と松の塩をトッピングし、カシスの枝で香りをつけたオイルを添えて。コース後のプチフールを海藻で試作する中で生まれた。

それからは、持ち前の競争心の強さで「とにかく最高のシェフを見つけて、その下で懸命に働きました」と振り返る。ドイツでは4軒の店を経験。そしてレネ・レゼピ氏との出会いをきっかけにデンマークの「ノーマ」へ。

「レネの料理を見て、これだ、と思ったのです。それまで競争心でやっていた料理に、自分の人生の意味を見いだすようになりました」

「イヌア」で使われるのは、ほぼすべてが日本の食材。各地で食材を探し求め、山菜に最も感銘を受けたというフレベル氏の料理から香り立つのは、研ぎ澄まされた感性からにじみ出る、自然への敬意と、愛情だ。

「料理で世界を旅し、好きな国に住む夢はかないました。次は、いつか東京の街を緑化して、そこで食事を提供してみたいですね。食べた後の種は地面に捨てて、芽吹かせるのです。そうすれば、東京が食べられるジャングルになる。そんなことを夢見ています」

● INUA (2026.06現在は閉店)
東京都千代田区富士見2-13-12
営業時間 18:00~20:15(L.O.) ※日曜に不定期でランチ営業 11:30~14:00(L.O.)
日曜・月曜定休

※『Nile’s NILE』2020年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

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真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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