南北二つの島から成るニュージーランドは、最も南極大陸に近い島国となり、北半球とは季節が真逆となり、現在は盛夏。真夏でも海から冷涼な風が吹き、湿度が低い爽やかな気候、例年なら山々などの草木が褐色するという現象は、昨年雨が多かったため、野山もみずみずしい緑に覆われている。
そもそもこの国の歴史は、約1000年前、南太平洋のポリネシアから先住民マオリが、カヌーで渡ってきたことに始まる。先住民マオリは温暖な気候を好み、北島に多く居住し、特に交通の要であるオークランドには総人口(476万人)の3分の1が集中している。
一方、先住民マオリが「翡翠の島」と呼んだ南島は、南アルプス山脈が南北に走り、ドラマチックな景観が広がる。そして、緑豊かな大地には山と森に囲まれた湖畔の小さな町が点在する。その代表的な町がクイーンズタウンだ。風光明媚な湖畔のクイーンズタウンは、19世紀後半に短期間、ゴールドラッシュで沸いたものの、その後は高原の静かな湖沼リゾートとして成長してきた。300km西に広がるフィヨルドランド国立公園内の入り江であるミルフォード・サウンドの拠点として、また、数々のアウトドア・アクティビティーを楽しめる町として人気を集めるようになった。今や町の顔の一つであるバンジージャンプの発祥地でもある。
人口3万人ほどのクイーンズタウンは今や、年間150万人もが訪れるニュージーランド随一のリゾートだ。湖の東西を連ねる道は急速に拡大している。一方で、地元のキウィ(ニュージーランド人の愛称)たちは、どこまでも続く澄んだ空や湖、山々の美しさといった自然と、共に生きる暮らしを大切にしている。
地元の人に人気を博すエコホテル「シャーウッド」は、3haのオーガニック菜園を持ち、キッチンと直結した形で運営されている。オーナーのサム・チャップマンさんは、海外で10年近く働いて経験を積み、クイーンズタウンに戻ってきた後、既存のホテルを買い取り、4年前に78室のエコホテルとして改装した。エネルギーの大半は太陽光発電でまかない、建物はリサイクル品で改装。レストランでは、自分たちの菜園で収穫したハーブや野菜を生かし、近くの生産者と提携した肉や卵を用いる。
これらを単なる観光資源として消費するのではなく、地元のよさを発見し、それを“資源”として活用した事業やプロジェクトが随所で花開いているからだろう。
壮大な景観と、海洋生物や野生生物の宝庫として有名なオタゴ半島。中でも、リトル・ブルー・ペンギンやイエロー・アイド・ペンギン、ニュージーランド・オットセイ、ニュージーランド・アシカのすみかとなっている。タスマン海に突き出た細長いこの半島に守られた美しい入り江の奥に位置するのがダニーデンだ。
1770年、オタゴ半島を見つけたキャプテン・クックは、この地が海洋天国であるとヨーロッパに伝え、その半世紀後には捕鯨のための村ができたという。1848年にスコットランド自由教会からの移民たちにより開拓され、ゲール語で「エディンバラ」を意味するダニーデンと名付けられた。現在でも「南のエディンバラ」と呼ばれるほどスコットランド文化を色濃く残す町である。1861年にはダニーデン近郊のガブリエル渓谷で金脈が見つかり、ゴールドラッシュが起きる。これにより、スコットランドを始め世界各地から採掘者が押し寄せ、ダニーデンの人口は増加。産業物流の拠点として栄えた。ニュージーランド銀行が開行したり、鉄道が敷かれたり、港が整備されたりして、金が10年ほどで枯渇した後も、経済的繁栄によりダニーデンはニュージーランド随一の都市となる。その証しとして今でも市内には、ビクトリア様式やエドワード様式の豪華な建物が数多く残り、繁栄の歴史を物語っている。20世紀に入ると、北島に人口と産業が移り主都の座を譲るも、ダニーデンは南島第二の学園都市として発展している。
ダニーデンの中心街は、八角形に区画整備されたオクタゴンと呼ばれる広場があり、東西南北に主要道路が伸びる。広場の周りは瀟洒なカフェやレストランが立ち並ぶが、重厚なビクトリア様式やエドワード様式の歴史的な建造物が立つ。高層建築が少なく、しっとりとした往時の風情が漂う町並みこそ、ダニーデンがスコットランドよりスコットランドらしいといわれるゆえんだ。
オクタゴンの真東に「世界一美しい駅」と称されるダニーデン駅がある。1906年完成のフレミッシュ・ルネサンス様式だ。南島の主要都市を結ぶ物流拠点として、19世紀後半には日に100以上の列車が往来した。駅の裏手の倉庫街からも、オタゴ湾にアクセスできるようになっていた。1949年に市がこの倉庫を大改装し、1階にはカフェやレストラン、2階にはアートやスポーツ関連のギャラリーが入る。そして1日1便の観光列車を運行。全長1kmに及ぶプラットホームは国内最長で、毎年10月に開催されるファッションショーでは、キャットウォークとして使用される。週末には、ファーマーズマーケットで駅前広場はにぎわいを見せている。
南側にそびえる時計台は、オタゴ大学のそれと並び、今も市のシンボルの一つだ。スカイラインは穏やかながら、起伏に富んだ地形であるため、古い町並みにも躍動感がある。ちなみに、「世界一の急勾配の坂道」としてギネス記録を持つ500mほどの坂道が、町はずれにある。
ダニーデンは、ニュージーランドで最初となる国立大学のオタゴ大学を1869年に開校した都市だ。国歌の作詞者など多くの文化人を輩出していることから、ユネスコの創造都市ネットワークに認定されている。
現在の人口12万人のうち約2割が学生で、町中に若いエネルギーがみなぎっている。ダニーデンのストリートアートが支持されたのも、こうした若い感性の成すところが大きい。現在、市内には30以上の壁画アートが点在し、これらを解説付きで見て回る2時間ほどのツアーもある。市と市民のサポートで花開いたストリートアートは、愛好家が2014年に大きな壁面を持つ建物のオーナーにベルギーのストリートアーティストの作品を描くことを提案したのがきっかけだったという。個人的な趣味ではあったが、これに多くの市民が共感したため、ストリートアートを誘致するボランティア団体を設立。クラウド・ファンディングなどで資金を集め、アーティストを招聘した。
海外の有名アーティストに作品を依頼することで、ダニーデンの市民にも、日常的に海外のアートを楽しんでもらうと共に、海外のアーティストにもニュージーランドを知ってもらおうという試みだ。アーティストは作品を制作する期間、ダニーデンにホームステイする。当初、一部の市民からストリートアートに市の予算を費やすことへの抵抗があったそうだが、ソーシャルメディアによる宣伝対価が拡大し、今では大プロジェクトとなった。
※『Nile’s NILE』2019年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

