自然体と大胆な進化
フロリレージュ

フランス料理をベースとした自由な料理、臨場感と活気にあふれる空間を特徴とする「フロリレージュ」。日本の素材にフォーカスし、そこに関わる人々の想い、素材の奥にあるストーリーを料理で表現することでも知られる。オーナーシェフの川手寛康氏は、世界レベルで高い評価を受けるこの店を率いながら、気負わず、それでいて革新的な店づくりを実践し続ける。

Photo Masahiro Goda Text Izuzmi Shibata

フランス料理をベースとした自由な料理、臨場感と活気にあふれる空間を特徴とする「フロリレージュ」。日本の素材にフォーカスし、そこに関わる人々の想い、素材の奥にあるストーリーを料理で表現することでも知られる。オーナーシェフの川手寛康氏は、世界レベルで高い評価を受けるこの店を率いながら、気負わず、それでいて革新的な店づくりを実践し続ける。

川手寛康(かわて・ひろやす)
1978年、東京都生まれ。 高校の調理科を卒業後「オオハラ エ シイアイイー」、「ル ブルギニオン」を経て渡仏。 モンペリエ「ジャルダン・デ・サンス」で修業し帰国。 「カンテサンス」スーシェフを務めたのち2009年に独立開業。 2015年に移転。 世界のベストレストラン50の39位(2021年)、ミシュラン二つ星。

ガストロノミーレストランのトレンドを牽引する店―――このようなイメージで語られることの多い「フロリレージュ」だが、川手寛康氏は「そんなつもりは全然ないんです」と言う。自分がその時々に抱く興味、受けた刺激を、料理に素直に反映してきた結果が今のフロリレージュ。意外にも、自分自身を「あまり大きな夢は持たない。どちらかというと料理にマニアックに取り組むタイプ」と分析する。「目の前のことを一つずつクリアしていくのが楽しくて。一歩一歩階段を上るのが好きです」とも。こうした自然体でのコツコツとした積み重ねが店に対する人気や信頼、そしてたとえばミシュランガイド東京の二つ星や、世界のベストレストラン50の39位という高い評価へと結実している。

そんな川手氏は、都下で洋食店を営む家庭に生まれた根っからの料理人。小さい頃から遊び場は店の厨房で、自然と料理の道に進むようになった。高校は調理科のある学校に進学、卒業後は「オオハラエシイアイイー」と「ルブルギニオン」で働きクラシックなフランス料理を習得した。その後渡仏しての修業を経て、帰国後は「カンテサンス」のスーシェフに就任。自由で現代的、創造的なフランス料理に開眼したという。

そして2009年、33歳で「フロリレージュ」を東京・外苑前にオープン。ほどなくして気鋭の若手料理人として注目を集めるようになる。店としても料理人としても上昇を続ける中、2015年には同じ外苑前エリアで移転。黒を基調としたシックな空間で、調理スペースをカウンターで囲むレイアウトを採用し、劇場のようにドラマチックで、ワクワク感にあふれるスタイルを作り上げた―――今ではこのレイアウトを採用するフランス料理店は増えたが、2015年のフロリレージュのインパクトがそのベースにあるのは間違いない。「でも実際にこのスタイルにすると決めた時は、不安も大きかったですよ」と川手氏。「今は、この空間が好きと言ってくださるお客さまがいてくれることがうれしいですね」と穏やかに語る。

キッチンをカウンターがぐるりと囲み、お客は調理の様子を見ながら食事を楽しむことができる。調理スタッフが直接料理をサーブするスタイルも臨場感を高める。

移転にともない、料理のコンセプトも大きく変えた。最大のポイントは用いる素材をほぼ国産のものとしたこと。今でも9割5分は国産素材。「日本の素材で表現するフランス料理」、そして「生産者の想い、素材の背後にある風土やストーリーの表現」を強く意識するようになった。

加えて、高いポテンシャルがあるにもかかわらず光の当たらなかった素材を意欲的に用い、価値の底上げをめざすなど、より広い視野で料理人の役割を開拓するようにもなった。その結果生まれた代表的な一品が、フロリレージュの代名詞にもなり、今回も紹介した経産牛の料理だ。今では、風味が濃い経産牛の肉はレストランでも高く評価され、用いる店も少なくないが、約7年前にこの料理を考案した時は、状況はまったく異なっていた。

「仕上げの肥育で、餌をどう工夫すれば求める方向に肉の味が高まるのか、生産者の方と試行錯誤しました。手探りでしたね」と言う。そのかいあり、今では経産牛の評価はレストラン業界の中で格段に上がった。「この状況はとてもいいことだと思います。ただ、自分としては、『この経産牛でなら美味しい料理が作れるはず』という思いからはじまったもので、大それた意図を持っていたわけではないのです」 もちろん、「食をめぐる環境をよくしたい」という理念も少なからずある。ただしそれが先行するのではなく、自分の感覚に素直に従うことが川手氏の行動の出発点であり、大前提なのだ。

経産牛をしゃぶしゃぶのように軽く火を通し、藁で燻製にかけたジャガイモのピュレ、ハコベのオイルを合わせた、フロリレージュのシグニチャーディッシュ。7年ほど前から提供している。レストランで用いる素材ではなかった経産牛にフォーカスし、その価値を高めることになった料理だ。

なお、現在11品あるコースの中に野菜が主役の料理を2品入れている。「自分は、意外と野菜料理を作ることが少なかったんです。でも年齢を重ねるうちに、野菜料理を食べたいと思うようになった」と言う。今回紹介した二品目、ビーツの料理はその一例。冬に味が濃くなるビーツを丸ごと塩釜焼きにし、もともとの甘みと風味をアップ。合わせるのは、ほろ苦さが魅力のトレビスを発酵させて、漬物のような酸味もある状態にしたもの。これが、ビーツのしみじみとした旨みと甘みを引き立てる。熱々のビーツにサワークリームと自家製のイクラとキャビアをのせ、溶けるクリームとともに全体を楽しむ趣向だ。

これからは、「野菜の料理を増やしていくことになると思う。今はメインは肉料理ですが、野菜料理もセレクトできるようにしたいですね」と川手氏は語る。自分の身体が自然に欲する内容を料理に落とし込む。「自分の興味や感覚は、結構頻繁に変わるんです。だから料理もそれにともない、短期間で大胆に変わることもあります。同時に自分のフィルターもとても大事。そして料理のインスピレーションの源泉は、やはり素材」と言う。料理人をはじめとする創造的な仕事では、易きに流れると、無意識に自分で自分を型にはめがちである。そうなることを断固と避け、柔軟であり続けている。

丸ごと塩釜焼きにしたビーツをカットし、発酵させたトレビス、ビーツの切れ端のピュレを敷いた上にのせる。そこにサワークリーム、自家製のイクラとキャビアを盛り付けた。熱々で甘いビーツを、漬物のような酸味を備えたトレビスが引き立てる。

と、以上、川手氏の料理とその発想、背景にある姿勢を見てきたが、それらのさらに根幹にあるのが「お客さまに幸せな時間を過ごしていただきたい」という強い想いであり、それが料理人としての本当の幸せにつながっているという。「今の料理人は社会的な信条も大事で、僕もそうした責任感を持ってはいますが、どちらかというとおいしい料理、自分の納得できる料理を作ることを大切にしています。そして、まずは料理でお客さまと対峙したいと思っています」

川手氏は好奇心と活力に満ちた料理人だ。それでいてどこか静かな雰囲気も備えているのは、「レストランは料理でお客を幸せにする」という根本がぶれていないからだろう。なおフロリレージュは2023年半ばに再度移転し、店のコンセプトも大きく変える予定だという。その際はきっと、ダイナミックな変化と、レストランの変わらぬ根本を鮮やかに両立させるに違いない。

●フロリレージュ
東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN外苑B1F
TEL 03-6440-0878

※『Nile’sNILE』2022年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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