いよいよ「最終疾走」が始まった我が国、そしてグローバル社会

時代を読む 第141回 原田武夫

時代を読む 第141回 原田武夫

『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄著/中公新書/1992年8月刊/1,012円

かつて『ゾウの時間 ネズミの時間』というタイトルの新書が我が国で大流行したことがあった。読者の皆さんにも是非手に取って読んでいただきたい一冊であるわけだが、要するに生物はそれぞれ固有の「時間感覚」を持っており、それは私たち人類とは全く異なるという理論がそこでは語られている。

それでは翻って私たち人類については皆、「時間間隔」が同じなのかというと全くそうではないらしい。もっともここで申し上げたいのは何も「生体感覚」の話だけではない。いわく、神事の世界ではそもそも「時間感覚」が通常のそれとは全く異なるのだと聞く。そしてそのことを踏まえないと、神事のレベルで「未来はこうなる」と指示されたことがあたかもすぐさま生じるのかと誤解し、大きな過ちを犯してしまうのであるというのだから一大事だ。

このような観点から筆者自身、一度世界史、そして我が国の近現代史を洗い直してみたことがある。そこで分かったのだが、実のところそこでは明らかにリーダーシップたちが大きく動く決まった周期というものがあるのだ。「50年周期」であり、また「72年周期」でもあるのだが、このことの実在についてはかつて碩学シュンペーターが語った経済成長を巡る波動理論を思い起こせば理解できるかもしれない。もっとも経済学の世界においてそれは「自然成長」の延長線上における現象であるかのように語られがちだ。しかし何のことはない、神事に直結したグローバル・リーダーシップがこの世に存在するとして、そこで放出・分配される莫大な資金がそうした長い周期的な運動の中で実行されるのだとすれば、当然、成長を筆頭とした経済的事象もまた、その周期によって生じているように見えてしまうのである。

前置きが大変長くなったが、筆者はかねてよりこの意味での “潮目”が長期的に重なる、あるいは現出する瞬間について広く語ってきた経緯がある。そもそも外務省を自らの意思で退職したのも、「このこと」を直感的に気付いたからであった。そしてその時、当時はこれまた根拠無き形で、しかしはっきりと思ったのである、「大混乱は我が国から始まるが、しかしだからこそ、“次”に向けての型出しも我が国から始まる」と。思えばあれから早いもので20年余の月日が経った。時代は明らかにものすごいスピードで変わりつつある。

1 2
真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

NILE'S MEMBERS

新規メンバー募集開始

選ばれたひと、こと、もの情報
「LUXE LIFE STYLE」をともに過ごす新会員を募集します。

*会費等一切かかりません(無料)