美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方

朝夕の光が静かに包み込むソロメオ村の全景。人間と自然が調和する哲学の物語は、この丘から始まる。

北イタリア、ウンブリア州の丘の上に、時間の流れが違う場所がある。

石畳の小道を歩けば、14世紀に築かれた古城の石壁が午後の光を静かに吸い込んでいる。劇場があり、図書室があり、それらを含む、アートフォーラムを見下ろす場には、この地域に継がれた伝統技術を若者たちが学ぶことのできる職人学校がある。ぶどう畑が斜面を覆い、村のどこにいても、自然と、それにインスパイアされながら、人間が物づくりを行う、調和の取れた空気が漂っている。ソロメオ村。かつて廃れた過疎の村だった人口500人ほどのこの場所を、ブルネロ・クチネリは”ビジネスによる利益と贈与”との流れによって甦らせた。ラグジュアリーブランドの本社として、ではなく、人が美しく生きるための場所として。

14世紀に建てられた歴史ある古城。修復を経て、現在はブルネロ クチネリのショップとして時を刻んでいる。

「人間のための資本主義」が生んだ場所

1953年、ブルネロ・クチネリはイタリア中部の農家に生まれた。大学の工学部に進んだが中退し、1978年、会社を興し、当時は無染色やニュートラルな色調が中心だったカシミア業界に、鮮やかな色彩のカシミアで衝撃を与えた。彼はそこに、燃えるようなオレンジや深い翠緑を持ち込んだ。それは服の色を変えることではなく、その地域に多くの職人が携わっていたカシミア製品に宿る可能性を解き放つ試みだった。

「人間主義的経営」を掲げ、服づくりを通して豊かな生き方を提案し続けるブルネロ・クチネリ氏。

しかし彼の眼差しは、常に製品の先にあった。妻フェデリカの故郷であるソロメオ村に移り住み、1985年、崩れかけた14世紀の古城を購入し修復して本社を置く。以来40年、村の復興に私財と事業収益を注ぎ込み続けた。教会を修復し、道路を整えた。2001年にはローマの公共広場フォルムを範とした「アートフォーラム」の建設に着手し、ルネサンス様式の劇場と新人文主義アカデミー(図書室)を建てた。2008年に完成。2013年には城内に職人技術学校を設立する。ジョン・ラスキンとウィリアム・モリスが夢見たアーツ&クラフツの精神——機械ではなく人の手が生み出すものの尊さ——を、現代のウンブリアで体現するために。

  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方
    村の中心に作られたアートフォーラム。ルネサンス様式の劇場と自然の風景とが一体となった屋外劇場が美しい対話を生み出す。
  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方
    木の温もりとクラシカルな意匠が調和する劇場内部。文化や芸術を通じた対話の場として機能する。
  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方
  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方

「人間主義的資本主義」と呼ばれる経営哲学の核心は、利潤の追求と人間の尊厳を対立させないことにある。社員にはブルーカラーとホワイトカラーの区別なく国の契約規定を上回る給与が支払われ、事業収益の一部は地域の修復や復興、若者への職人教育に還元される。かつてアマゾンの創業者をはじめシリコンバレーの経営者がわざわざソロメオを訪れ、このモデルを学んだことはよく知られている。G20サミットに登壇し、キール・インスティテュートが「名誉ある商人の伝統を完全に体現した」として経済賞を授与した。「世界で一番美しい会社」と称されるのは、服が美しいからではない。その会社の在り方そのものが、美学の体現だからだ。

次世代へ地元の伝統技術と職人プライドを継承するため、古城内に設立された「職人技術学校」。

カシミアが纏う、時代を超えた美学

ブルネロ クチネリのカシミアに触れると、その密度の高さと柔らかさに思わず息を詰める。モンゴル高原の厳冬を生き抜いたカシミア山羊から採れる極細の繊維が、職人の手で丹念に編まれ、着る者の体温をゆっくりと包む。化学的な加工に頼らず、素材本来の光沢と重みを保ったまま仕上げる。指先で触れるたびに伝わるしっとりとした感触は、何十年も変わらない。

スポーツウェアの軽快さとハイエンドラグジュアリーの気品を同時に体現するノンシャランな「スポーツシック・ラグジュアリー」というスタイルは、フォーマルでもなくカジュアルでもない、現代の富裕層の生き方そのものを映している。また、ブランドの在り方を「ジェントル・ラグジュアリー」と位置づけ、やさしさ、尊厳、他者への敬意を宿した「節度のある美」として、その理念を表しています。

ブランドロゴには「フィロ(Philo)」と呼ばれるグリフォーネの紋章が据えられている。フィロとは、哲学——「知を愛する」という意味だ。その下には「Solomei ad MCCCXCI」、1391年のソロメオ村創設年が刻まれ、ブランドがこの土地の持つ歴史、文化、営みに敬意を払い、調和しながら暮らし、働くことのできる場所として、美しさを高め未来への遺産として残したいという強い願いが込められているのを感じる。

  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方
    緩やかな斜面が広がるソロメオの谷。土地の歴史と営みへの敬意が美しい景観を創り出す。
  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方
    『美のためのプロジェクト』で村の平野部に造園された公園内には、現在の本社屋が噴水を囲んで建てられている。
  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方
  • 美しい会社が纏う、カシミアの哲学——ブルネロ クチネリという生き方

1000年先に手渡すもの

ブルネロ・クチネリが見据えているのは、次の四半世紀でも次世代でもなく、1000年先だという。ソロメオ村に職人学校を置いたのは、技術を伝承するためだけではない。美しいものを作ることに誇りを持てる人間を育てるためだ。その思想は、ラスキンが19世紀のイングランドで嘆いた「機械が職人を殺す」という問いへの、21世紀の回答とも言えるかもしれない。

この時代、速さと効率が至上命題とされる潮流の中で、彼は愚直に問い続ける——人間が中心にある経済とは何か、と。その答えが、ウンブリアの丘に静かに立ち続ける古城であり、そこから生まれる一枚のカシミアである。袖を通すとき、人はその問いを引き受けることになる。まとうことは、哲学を身に帯びることだ。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

NILE'S MEMBERS

新規メンバー募集開始

選ばれたひと、こと、もの情報
「LUXE LIFE STYLE」をともに過ごす新会員を募集します。

*会費等一切かかりません(無料)