ある時期は最先端の調理技術を追求し、またある時期は医療の世界からインスピレーションを得た。そして今は、「日本の自然環境の豊かさを、料理によって表現する」ことを最優先する。山本征治氏は常にエネルギッシュに、そして論理的に料理と向き合い続ける。
1970年香川県生まれ。2003年六本木に「日本料理 龍吟」を開業。スペイン・サンセバスチャンを始め、世界各国の料理学会に参加。2011年にミシュラン三つ星に。2018年、東京ミッドタウン日比谷に移転。香港、台北に支店を持つ。
冬といえば蟹。ハッピーな時もそうでない時も!
今回紹介する料理は、メスの松葉がにであるセイコ蟹を使った一品です。実は龍吟では、冬のごちそうである松葉がにには並々ならぬ力を入れています。松葉がにや越前がにの産地では、特別品質の蟹にタグをつけてブランド化していますが、龍吟でもオリジナルの「龍吟タグ」を作成。鳥取県の境港の水産業者にお願いして、オスもメスも、水揚げされた中で「これぞ」という大きさ、質のものにこのタグをつけて送ってもらっています。
さて、今回の料理のセイコ蟹は、ゆでてからさばき、部位ごとに必要な手間をかけてから盛り合わせる、というものです。具体的には、ミソで和えた内子を器――セイコ蟹の殻から型を取り、錫(すず)製であつらえています――に盛り、ほぐし身、丸くとった外子をのせ、脚を並べる、というもの。工程は「ゆでる」「さばく」「ほぐす」「和える」「盛り付ける」とシンプルですが、それぞれで最適な具合をピンポイントで成し遂げることが大事。細部まで理にかなった、味も姿もインパクトのある料理に仕立てます。
盛り終えたら蒸し、熱々の状態に江戸切子製のドームをかぶせて提供。ドームを外すと蟹の香りが立ち上り、整然と並ぶ蟹のビジュアルが現れるという演出です。
伝統工芸品には細やかさ、気品、迫力がある
伝統工芸品は、料理と同じく日本の誇りです。私は積極的に各地の作家のもとを訪ね、議論を重ねて特別あつらえの器を作っています。今回のセイコ蟹の料理でも、蟹を盛り入れた錫(すず)の器、蟹の蒔絵を施した輪島塗の盆、江戸切子のドーム、いずれもデザインから意見を交わして作ってもらったものです。
作家のもとを訪れるたびに、彼らの技術には心底感嘆します。例えば錫の器は、セイコ蟹から型を取り、そこから形を起こして作ったもの。蟹の細かい凹凸まで精緻に再現するこの技術、すばらしいと思いませんか? こうした仕事は、もっと広く知られるべきだと思うのです。
そもそも、日本人は日本の伝統工芸品を知らなすぎます。どうやって作られるのか? それ以前に、どんな種類のものがあるのか? 少なくとも当店のスタッフには、そうした伝統工芸品に関する基本的な知識は身につけてもらいたく、厨房(ちゅうぼう)の一角にあるモニターでは、さまざまな伝統工芸品を作る模様を撮影したドキュメンタリー映像を流しています。そしてお客様には器から、作家さんたちの技、日本の伝統技術が作り上げる細やかさ、気品、迫力……そういったものを感じ取ってほしいと思っています。
今年始めたダイビング
今年の3月から始めたダイビングに、今はすっかりハマっています。きっかけは、当店の料理長の小澤(武夫氏)の「もう、海外でのレストランめぐりはしなくていいのでは? たまにはビーチでくつろいで、ゆっくりしてください」という一言。確かに、と思ってハワイやモルディブに行くうちに、きちんと海に潜るともっと楽しいだろうな、と思うように。
それで3月に資格取得を申し込み、以降、休みごとに日帰りで伊豆や千葉の海に出かけて猛特訓。今、10個ほどのライセンスを持っています。やはり、体を動かすのはいいですね。その日はとてもよく眠れます。そしてビールがおいしい(笑)。海の中は魚がかわいく、エイもダイナミック。別世界です。空を飛ぶような浮遊感も感動的。仕事の時とは完全に脳が切り替わります。
来年は、プロテストに挑戦しようかと思っています。でも、学科試験が大変。ライセンスを取るために、ソムリエ試験以来の勉強をしています(笑)。
「日本料理なら、本物を作ることができる」。19歳の山本征治氏が、日本料理こそが我が進む道であると選んだ理由だ。フランス料理や中国料理という選択肢もあった。しかし、日本人である自分がもっとも本質を理解し、料理で「真の本物」を体現できるとしたら、日本料理しかない。そんな思いを胸に修業を重ね、2003年、33歳で「龍吟」を六本木に独立開業した。以降、30代を通して、世界のさまざまな国の料理学会で発表を行い、スペイン料理の最新技術を日本料理に取り入れ、さらには鱧をCTスキャンして最適な骨切りの方法を編み出すなど、独自の技術や表現を日本料理と融合させてきた。
「料理にはこんな可能性がある」と世に示し、お客の強い支持を得るのみならず、日本料理はもちろん、ジャンルを超えた若手料理人たちに刺激と意識の変革をもたらしてきた。ただし、「この頃は、自分らしさやクリエーティビティーにこだわりすぎていた」と、山本氏は振り返る。「でも、その段階は過ぎた」のだという。40歳を過ぎた頃から「日本料理の本物は、どこにあるのか」という問いが山本氏の心を占めるようになった。
その疑問を明らかにするために「日本料理」を自分の中で再定義。「日本の自然環境の豊かさを、料理によって表現したもの」と結論づけた。その結果、山本氏の料理は自分の個性の表現よりも、食材そのもののすばらしさをたたえるものへと大きな変化を遂げた。とはいえ、30代をかけて追求した技術や表現の厚みはしっかりと生きている。今回紹介した蟹もそうだが、食材の力を最大限まで引き出す技術の精度、料理の完成度、インパクトは他の追随を許さない。
そして料理に、食材や技術に対する圧倒的な思いからくる「熱」が備わっている。龍吟は、今年の8月、東京ミッドタウン日比谷の7階、ワンフロアを占める場所へと移転した。「この場所から、日本のために、日本の自然の豊かさを伝える料理を全力で追求します」長年タッグを組んできた最強のチームとともに、山本氏と龍吟の新しいステージが、今始まる。
● 龍吟
東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷7F
TEL 03-6630-0007
営業時間17:30~20:00(L.O.)
不定休
※『Nile’s NILE』2018年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

