大学院で中南米の地域研究学を専攻してこともあり、20代の頃はたびたび中南米諸国に旅をした。多くの国を訪れたが、私がずっと魅了され続けた国は、メキシコだった。
行くたびに、思ったものだ。ここには、私の求めるすべてがある。
カラフルな街並み、陽気な人々、奥深い先住民文化、激動の歴史も。
そして、ビールにテキーラ、切ない歌、謎めいた遺跡、路地や宇宙も。
大航海時代の前、現在のメキシコシティ周辺では、アステカ文明が大きく栄えていた。アステカは、独自の暦や太陽信仰を持ち、巨大なピラミッド神殿が鎮座する街には、実に20万人が暮らしていたという。
そこにやってきたのが、エルナン・コルテス率いるスペイン軍である。武力でアステカ王国を滅ぼしたスペインは、メキシコを植民地にした。それ以降、彼の地は銀の産地として本国スペインの繁栄を支え続けた。この間に建設されたのが、ヨーロッパ様式の建築物が立ち並ぶコロニアル・シティの数々である。
特に有名なのは、標高2000メートルの山間に位置するグアナファトだ。
もう30年近く前になるが、初めて訪れた時の感動はちょっと忘れ難い。おんぼろな長距離バスがトンネルを抜けると、山の斜面にイエローや水色、ピンクなどのパステルカラーに彩られた建物が輝いている。町には曲りくねる路地が網目のように広がり、小さな料理店やバー、個人商店、ギャラリーなどが立ち並び、散歩するだけでも楽しい。
グアナファトは、バロック建築の宝庫でもあるのだが、これがまたイタリアの元祖バロック建築とは異なり、当時のスペインで花開いていたのは、イスラム支配時代の影響を色濃く残すレースのように繊細な模様が入った独特の建造物であった。それがメキシコに持ち込まれ、先住民文化や土着信仰とミックスされた結果、さまざまな彫り物がびっしりと表面に施された不思議なバロック建築群が生まれた。
そんなグアナファトで、路地裏にあるバーに入ったことがある。外までテーブルが張り出し、音楽が鳴り響くにぎやかな店だ。せっかくなので、よし、今日は、とことんテキーラを飲もうと決めた。狭い店内に入ると、わ、これはなんなんだ、と面食らった。
白い壁一面に、手書きの文章が書かれている。一文一文は短く、文章がダンスしているかのような文字。きれいに清書されたものではなく、衝動的に書いた手紙のように勢いのある文字だった。とにかく、それが天井までびっしりと埋め尽くしている。
時間がたっぷりあった私は、小さなグラスでテキーラを飲みながら、スペイン語の羅列をじっくりと解読していった。
それは、どうやら誰かの詩のようだった。この店の主の詩かもしれないし、オクタビオ・パスのような世界的な詩人のものかもしれない。
詩が瓶詰めされたようなバーの中で酔いが回ると、名も知れぬ詩人たちの欠片が自分の中に流れこんできたのがわかった。詩と酒が混じり合ったねっとりした成分で身体が満たされると、今度は書いた人が体験した喜びや悲しみ、言葉にならない何かまで入っているような気がして、さらに酔いが回った。
植民地となったメキシコが独立のために蜂起したのは、1810年のことだ。そして、11年にわたる激しい闘争を経て、独立を勝ち取った。だから、メキシコを旅する私たちが触れるのは、この地球上で人類が延々と繰りかえされてきた征服の歴史であり、同時に征服に抗ってきた人々たちの歴史でもある。
思えば、あれだけ大好きだった国なのに、もう長いことメキシコには行っていない。瞼の裏に残るのは、パステルカラーの街に浮かぶモノクロの詩ばかりである。
川内有緒 かわうち・ありお
ノンフィクション作家。1972年、東京都生まれ。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、あっさりとその道を断念。渡米したあと、中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学大学院で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)でYahoo!ニュース│本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。その他の著書多数。26年2月には三好大輔と共同監督を務めたドキュメンタリー映画『ロッコク・キッチン』が公開。

