一握入魂 武蔵 by アマン

武蔵弘幸

Photo Masahiro Goda Text Izuzmi Shibata

武蔵弘幸

鮨職人の腕がもっとも表れるのが、このコハダ。美しく輝くコハダの脂分こそ、扱いを難しくしている。だが、的確な塩加減と酢で締めることで極上のネタになる。最後に煮切りを塗って出す。

江戸前鮨の世界を追求し、徹底的に細やかな仕事を貫く。そんな仕事ぶりが厚い信頼を集める武蔵弘幸氏が、長年暖簾を掲げた青山の店を閉め、アマン東京の鮨店の開店に親方として参画。新しい舞台「武蔵 by アマン」でさらなる高みを目指す。

武蔵弘幸(むさし・ひろゆき)
1967年山梨県生まれ。18歳で父親の営む鮨屋に入り、切り盛りする。37歳で東京に出て、青山に「鮨 武蔵」を開業。洗練された江戸前鮨で知られる。2018年10月、アマン東京の鮨店「武蔵 by アマン」の親方となる。

やはりコハダは腕の見せどころ

「江戸前鮨で何か一つネタを選ぶとしたら?」と聞かれたら、何と言ってもコハダです。コハダには仕事が詰まっています。職人の腕が一番表れるネタですね。

魚そのものが持つ旨さと風味を尊重するのが鮨の基本ですが、締めものは別です。特にコハダは、脂肪分が多く、扱いが悪いと臭みが出やすい魚。しかし、うまく酢で締めると、一気においしくなります。酢で締めることで脂のくどさを抑え、すっきりとした味になり、また皮も柔らかくなるのです。きちんと扱えば、その分味が高まる。手をかけるかいのあるネタです。

コハダは塩で締め、洗い、酢で締めるという工程で作りますが、大事なのは、魚の大きさや季節、個体によって性質が変わってきますので、それに合わせて時間を調整すること。その日の気温も大事ですし、塩をしてから、あるいは酢に触れてから気づく変化もあるので、常に感覚を研ぎ澄ませなくてはなりません。数字なんてありませんから、自分の五感がすべてです。

コハダの大きさにもよりますが、1枚か2枚重ねて握ります。模様も鮮やか、ピカッと光り、シャリにのってしっとりとたわむコハダの姿が見どころ。煮切りを塗ってお出しします。

信頼する人の手による酒と器

オープンにあたって、宮城県の新澤醸造店に、特別に当店オリジナルの日本酒「武蔵 by アマン」を造ってもらいました。蔵元杜氏(とうじ)、新澤巖夫(にいざわ・いわお)さんは私が深く信頼する人。もともと新澤醸造店は、食事の邪魔をしない、それでいてきちっと旨い日本酒を造るのを得意としています。「武蔵 by アマン」もその方向を突き詰めたお酒。精米歩合7%まで磨き上げ、雑味のないすっきりとクリアな食中酒に仕上げてもらいました。うちの鮨との相性もとてもよいです。

このお酒にふさわしい酒器を、と、こちらも特別に依頼したのが、江戸切子職人の堀口徹さん。定番の青に加え、赤、緑、黄色、紫とカラフルで形も模様もさまざまな猪口(ちょこ)を20客作ってもらいました。側面に模様が刻まれた片口も、堀口さんの作。猪口と合わせて使っています。

そのほか、陶芸家のタナカシゲオさんには皿を依頼。心通じる人の手による器に囲まれて、いい気分で仕事をしています(笑)。

カウンターには、思いが詰まっています

鮨屋におけるカウンターは、特別な存在です。その店の心意気、美意識、仕事の清潔感が全部表れます。

青山の店をオープンする時は、自ら檜のカウンターを買い付けに行きました。それを3カ月間費やして、建築家の友人と図面を起こして完成させた、ひときわ強い思いを込めて作ったものです。木目の美しさ、凛としたたたずまいが気に入りましたね。12年使ってもまったく輝きは損なわれず、いい具合に深みが増しました。丁寧に手入れしていましたし、うまく育ってくれました。

今回アマン東京での開店にあたり、本当はカウンターをそのまま移したかったんです。でも、青山ではL字形、こちらはまっすぐ。考えた末、L字の一辺のみ持ってきて、残りは新しく作ってつなげることにしました。なので、一枚板ではなく、よく見ると継ぎ目があります。そして、古いほうがほんの少しだけ色が濃く、風格がある。まあ、これはしょうがないんですけど(笑)。

すっきりと一枚にするより、長年ともに過ごしてきたカウンターを一部でも、一緒に持ってきたかったんですね。やはり愛着がありますから。鮨屋の親方というのは、それくらいカウンターに強い気持ちを持っているものだと思いますよ。

18歳で山梨県にある実家の鮨屋に入り、16年。その山梨の店を閉め、東京・青山に店を構えて12年。そして今年、新たな挑戦に出た武蔵弘幸氏。青山の店をたたみ、この10月、東京・大手町のアマン東京に「武蔵 by アマン」の開店に親方として迎えられたのだ。「最初に打診があった時、ちょうどよいタイミングだな、と思いました。十数年ごとに新しい環境に挑むのが、自分には合っている」と武蔵氏。

「あと、長く一人仕事をしてきましたが、チームで働くのもいいだろう、と思いまして」。職人人生の集大成に向かう時期、アマン東京を選んだわけを聞くと「やはり、“それぞれの土地の文化、伝統を尊重する”というアマンの姿勢に共感したのが大きいですね。東京を代表する食の伝統といえば鮨、とりわけ私が追求している江戸前鮨に対する敬意と熱意を感じたのが、決め手でした」という。武蔵氏が鮨の道に入り、キャリアの前半を積んだのは故郷山梨。

父親は築地からネタを仕入れ、銀座の高級店にも劣らない上物を使う気骨のある職人だった。また、ネタはショーケースではなく木箱に収めるなど、随所に美意識を反映。父のもとで江戸前の鮨を学び、店を継いでからも探究心を緩めず、地方の一流店として名を成すに至った。しかし、その立場に満足することなく、東京の一等地で勝負することを決意したのが37歳の時。数店の名店を経て、青山に「鮨武蔵」をオープンした。

自信があるからこそ、自分のスタイルを通す武蔵氏。握る鮨は、山梨の時と何も変えなかった。ネタには一切の妥協を許さないのも、武蔵氏の信念。自ら毎朝市場に足を運んで上質な魚を買うほか、獲れたての魚を日本各地より空輸で取り寄せる。また、「江戸前鮨は仕込みで決まる」と話す。食材にいかに適切な技術を加えるか、に心血を注ぐ。たゆまぬ研鑽を自らに課してきた職人のみが達する境地に、武蔵氏はある。

凛とした新しい舞台を得て、さらなる高みを、どのように開くのか。武蔵氏の鮨、そして職人魂に惚れ込んだ多くの人が、期待を込めて注目する。

● 武蔵 by アマン
東京都千代田区大手町1-5-6
大手町タワー アマン東京34F
TEL 03-5224-3339
営業時間 17:30~21:00(L.O.)
日曜定休

※『Nile’s NILE』2018年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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