料理人は時空を超える 辻調理師専門学校

辻 芳樹

Photo TONY TANIUCHI Text Junko Chiba

辻 芳樹

辻芳樹(つじ・よしき)
1964年大阪府生まれ。1993年に辻調理師専門学校校長、辻調グループ代表に就任する。2000年に開催された「九州・沖縄サミット」にて首脳晩餐会料理を監修。2004年には、内閣官房長官知的財産戦略本部コンテンツ専門調査委員を務めた。著書は『美食のテクノロジー』(文藝春秋)、『和食の知られざる世界』(新潮社)、『すごい!日本の食の底力~新しい料理人像を訪ねて~』(光文社)など多数。

初来日は辻調理師学校の招聘による。1977年、ジョエル・ロブションが31歳にしてM.O.F.(高度な技術を有する職人に授与される栄誉ある称号)を受章した翌年のことである。「父がポール・ボキューズさんとアンリ・ゴーさんに『今、一番旬な料理人は誰か』と尋ねたら、二人ともロブションさんだと即答。早速、食べに行き、すごい料理人だと驚愕したのがきっかけだと聞いています」と話す辻調理師専門学校校長の辻芳樹氏。当時、辻氏はまだ10歳そこそこながら、父とロブションには深い縁があると感じる。実際、両者は以後長年にわたって、交流を重ねた。その中で辻氏は父ともども、精緻な技術が尽くされた幾皿もの“至高のスペシャリテ”に酔いつつ、ロブションの活動を冷徹な、しかし温かな目で注視してきた。

まずはロブションの歩みをたどりながら、特異な才能を持つ料理人としてのロブション像を語ってもらう。

独自性を放った「一匹狼気質」

ロブションは1945年、フランス西部のポワチエに生まれた。敬虔なカトリックであった母親の影響からか、12歳で司祭を志す。が、神学校で食事の準備を手伝ううち、料理への探究心に火がついた。料理人見習いを始めたのは15歳の時である。

「ロブションさんが頭角を現したのは、時代的には、70年代に巻き起こった一大ムーブメント、ヌーベルキュイジーヌが定着し始めた頃。ボキューズさんが牽引したこのムーブメントは、それまでの伝統料理を根底から見直しました。新鮮な食材の持つ自然な味わいを生かすとか、ルーを用いた重いソースを使わず、マリネもしない、郷土料理を利用するなど、フランス料理のスタイルを一新したんです。ロブションさんも当然、ヌーベルキュイジーヌを踏襲したのですが、『右へならえ』ではない。手法をさらに精密化させ、完璧の上にも完璧を追求し、独自の料理を確立しました。ヌーベルキュイジーヌの旗手たちの料理は比較的均一化されているのに対し、ロブションさんの料理には見事なまでにインディビジュアリズムが貫かれている。すべての料理が彼のレッテルのついたスペシャリテなのです。その意味では、ロブションさんは“一匹狼”。でもエンジンをガンガンかけ、“ロブションのフレンチ”をフランス国内に浸透・拡大させました」

ヌーベルキュイジーヌという言葉は、辻氏の話に名前が出たアンリ・ゴー氏と、彼とともに『ゴー・エ・ミヨー』という美食ガイドを刊行したクリスチャン・ミヨー氏が名付け親。リヨンの南のヴィエンヌにあるラ・ピラミッドのオーナーシェフ、フェルナン・ポワンの弟子たちが、ポール・ボキューズを筆頭にそれを主導した。余談ながら、ラ・ピラミッドと言えば、辻静雄氏がフランス料理を学んだ“聖地”だ。父に連れられてここでよく食事をした辻氏は、「父はいつも鴨料理。私も何度鴨を食べたかわからない」と振り返る。

緻密な計算

テーブルの上に一冊の分厚い本。ロブションのレシピを網羅した集大成の料理本だ。辻氏はページをめくり、「まだかつての、ヌーベルキュイジーヌの色彩が濃厚な料理もあるけど、ガルニチュール(付け合わせ)を排除した料理とか、非常に新しいですね。食材のあらゆる味が口の中で一つに溶け合う、その最高のおいしさを創造するために、緻密な計算の下でさまざまな技法が積み重ねられています。フードデザインと彼の哲学が一体化していますよね」などとつぶやきながら、話を続ける。

「ロブションさんはパリのホテル、コンコルド・ラファイエットの総料理長、ホテル・ニッコー・ド・パリを経て、パリ16区にジャマンを開店しました。81年、36歳の時です。そのジャマンがオープン翌年にミシュランの一つ星、2年後に二つ星、3年後に三つ星を獲得しました。これは史上最短記録です。M.O.F.を受賞するまでの間に、彼は積極的にコンクールに出て、優勝を総なめにしていますが、もっとすごいのは、コンクールに出したのと全く同じクオリティーの料理をレストランで日常的に提供したことでしょう。普通はできないんですよ。一皿に掛ける時間や手間、人手には限界がありますから。しかもレストランは食べ手がいて成り立っている空間なので、味わいがどうしてもその時の気候や店のムード、顧客の趣味などに左右されます。けれどもロブションさんは一切無視。どんな状況だろうと、客の好みがどうであろうと、誰もがうなる完璧な料理を出す。それくらい『完璧』にこだわったのです」

ロブションはだから、自分にも弟子にも厳しい。ほんのわずかでも自身の“絶対味覚”からズレるものを許さなかった。「料理に応じて、食材の切り方はミリ単位で決められ、フォンの煮詰め方はAからEの5段階あるなど、とにかく細かい。作業する弟子たちは何度も『ノン! ノン!』とはねつけられていた」そうだ。

「ロブションさんは調理場にスポイトや物差し、温度計などを導入した最初の人でしょうね。皿に載るという料理の着地点を見据え、そこに至るプロセスを深く考え、緻密に計算しました。例えばスポイトの一点にしても、単なる飾りではない。どんな味につながるかを計算し尽くしているのです。一事が万事、どの工程においても、緻密さを追求しました。その緻密さがまた、クラシックなレシピをもとに、材料の配合をイコライザー的に変えて補正しながら、新しい味を創り出す妙技にも結実するのです。そういった傾向を一気に強めたのは、ジャマンを開店した頃からだと思います。それが同時に、どちらかと言うと作業の精度にはあまりこだわらない今までのフレンチの流儀をも変えていきました」

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緻密さを極めた料理を安定的に提供するためにはもちろん、従業員教育も一から見直す必要がある。ロブションは「シェフがフードデザインを俯瞰して着地点を見極め、随時、スタッフに指示を出す」従来のやり方を一変。食材が入った時点で、何をするべきかがわかるよう、料理人一人ひとりを仕込んだ。「ロブションさんはそうして、調理場をエリートしか生き残れない場に仕立て上げた人でもある」という。

また弟子たちには自分と同様、コンクールに出ることを奨励した。「腕試しではない。負けると思うなら、出るな。勝つために出ると腹を据え、勝つための努力をしろ。日々鍛錬、精進だ」と背中を押した。このこともまた、フレンチに「ロブションの世界」を広げる原動力になったのかもしれない。

ロブションの遺産

ロブションの快進撃は止まらない。80年代に真空調理法に取り組んだこともその一つ。パリとストラスブールを結ぶ高級列車のレストランの料理を開発・監修した。それは、いつ、どこで、誰が調理しても同じクオリティーで提供できるもの。世間の度肝を抜いた。また、ゴー・エ・ミヨーガイドの1990年版では「世紀の料理人」に選ばれ、94年にはレモン・ポワンカレ通りにレストラン「ジョエル・ロブション」を移転オープン。同じ年に東京・恵比寿のシャトーレストラン「タイユバン・ロブション」の料理を監督・指揮するなど、八面六臂の活躍を見せた。引退はその2年後、51歳の時だった。

「とても不思議なんですが、この時代までのロブションさんはお客さんとの接点があまりありませんでした。生粋の職人。シャイな人。お客さんを“試験台”にすることもなかったですね。自分の味覚に絶対的自信があったのでしょう。引退は、自分の創造力を休止させるタイミングだと判断してのことかな。フランス料理の未来を考え、以後の世界展開の中で自分の手法を伝えていこうとしたように思います。デュカスさんも世界展開をしていますが、やり方は全く違います。ロブションさんはあくまでも自分のオリジナルの味にこだわる。自分の料理と少しでも違うところがあれば、メニューからはずすことを命じると聞きました。一方、デュカスさんは自分の料理のエスプリが入っていればOK。その店を任せたシェフ独自の色も尊重します。ただロブションさんの薫陶を受けた渡辺雄一郎さんや関谷健一朗さん、飯塚隆太さんらによると、次第に軟化していったようですが。いずれにせよ、現代のフレンチの料理人が駆使する洗練された技法は、ほとんどがロブションさんから来ているものと言っていい。技術的な影響力は絶大です」

引退後のロブションは、ブランドの世界展開と並行して、テレビの料理番組にも挑戦した。辻氏は「あんなに厳しかったロブションさんがニコニコして家庭料理を作るとは……」と驚きながらも、「家庭料理を洗練させたのもロブションさんです」と明言する。この他ロブションは、料理本づくりにも注力している。ここに惜しみなく公開された膨大なレシピは、「ロブションの遺産」とも言えるものだ。ただ「レシピの継承はできても、センスの継承だけは当人との関わり抜きには難しい」と辻氏。それでもいつか、天才料理人の手によってロブションの料理が新しい時代の中で、再現される日が来ることに期待を寄せている。

フレンチに革命を起こしたロブションは、死してなお進化を続けていくように思えてならない。

※『Nile’s NILE』2018年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
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