皇帝のようなグラン・グランシェフ Nabeno-Ism

渡辺 雄一郎

Photo Masahiro Goda Text Izuzmi Shibata

渡辺 雄一郎

渡辺雄一郎(わたなべ・ゆういちろう)
1967年千葉県生まれ。「恵比寿の『ジョエル・ロブション』を支えた人といえば彼」と誰もが認める。1994年開業「タイユバン・ロブション」の立ち上げから入店し、当時同じ建物内の1階にあった「カフェ・フランセ」のシェフを経て2004年に「ジョエル・ロブション」へと生まれ変わった同店の総料理長に就任、11年間務め上げた。ミシュランガイドの日本上陸以来、同店で三つ星を維持。2015年に勇退し、2016年7月7日、浅草駒形にて「Nabeno-Ism(ナベノ-イズム)」を独立開業する。

2004年から11年間にわたり、「ジョエル・ロブション」の日本人シェフの任を務めた渡辺雄一郎氏。その前もロブションの店で10年間過ごしており、実に21年もの年月をロブションのもとで働いた経験を持つ。

「僕にとって、ロブションさんは大師匠。グラン・グランシェフ。すべてを教えてくれた存在です」

年に3〜4回、ガラディナー開催のためロブションは来日して1週間滞在するのが通例だったが、その滞在時、店で先頭に立ってロブションを迎えてきた渡辺氏。

「ボンジュール シェフ!」とフランス式にビズをしたのち(ロブションとビズできるスタッフはまれ)、パンと頬をたたかれるのがいつものあいさつ。

「これが、そこそこ強いんですよ(笑)。『家族は元気か? 子供は元気か?』と聞いてきてくれました。皇帝のように厳しく君臨しているのですが、それと同じくらい優しさにもあふれていました」

ロブションのスペシャリテ「キャビア 甲殻類のジュレ カリフラワーのクレーム」から発想した、前菜の一品。キャビアをごくなめらかなテクスチャーとともに食べる構成を、一気に練り上げ、バターとともに乳化させたそばがきで表現。香り高いそばの香りとキャビアの旨みと塩気、上質な昆布出汁のジュレ、天城のわさびとのコンビネーションを楽しむ。

現役時代のロブション

渡辺氏がロブションの店の厨房に入った時、「私が肉部門のシェフでコンビを組んだのが、今『リューズ』の飯塚隆太シェフ(26ページ)。80席のダイニングが昼夜満席という忙しさで、厨房の組織作りも手探り。まさにカオス(笑)。飯塚シェフと支え合って乗りきったのも今となってはいい思い出」だという。飯塚シェフとは日々料理談義を深め、「ロブションさんが求めるジュ(焼き汁)とは?」など試行錯誤も重ねた。

「当時はパリにもムッシュの店があり、『東京もパリと同じ料理』というコンセプト。ものすごいプレッシャーでしたが、スタッフ一同にとって最高の誇りでもありました」

とりわけ、ロブションがかつてより宣言していた通り、51歳で料理人を引退した1996年より前にロブションのもとで働くことができたという経験は何ものにも代え難い。

「現役時代のロブションさんの料理に携われたこと、また彼の集中力、厳しさを同じ厨房でともにできたのは、幸せでした」

一方で、2004年の新生「ジョエル・ロブション」で渡辺氏がシェフに就任すると、それまでロブションが許していなかった“和の食材や要素を取り入れながら、フランス料理に着地させる”という方向を積極的に探り、その道筋を作った。

渡辺氏がシェフ就任直後、初めてロブションの来日を迎えた時に、提案したのが甘鯛の料理。冬の時期だったため、日本の冬を存分に感じさせる食材である甘鯛、百合根、柚子を用い、甘鯛は和の技法である松笠焼きで調理。ただし、フレンチの技法で作ったベルモットと柚子の香るナージュ仕立てにし、フランス料理の一皿として成立させた。

「当時は今ほど和とフレンチを融合させる動きはなかった。魚を鱗付きで出す料理も、ジョエル・ロブションの歴史の中で一切ありませんでした。そんな中で考え抜いて作った料理なので、『これでダメならシェフを辞めてもいい』という覚悟で試食をお出ししました」と話す。

渡辺氏が2004年に「ジョエル・ロブション」のシェフに就任した時、ロブションに初めて自ら提案した料理。甘鯛、百合根、柚子など日本の冬ならではの素材を集め、甘鯛では衣をサクッと仕上げる和食の技法、松笠焼きを導入。和の要素を用いつつフランス料理に着地させ、ロブションにも認められた一品。ナベノ-イズムでも、冬のスペシャリテとして提供している。

料理を試食したロブションは、「ワタナベーッ!」と渡辺氏の方を向き、「ルセットを!」と。

「名前を呼ばれた時は『怒られる!』と思ったのですが、どうやら説明のチャンスをもらえたようだ、と。それで料理の構成と意図を説明し、どうフランス料理を踏襲しているか伝えました」

ロブションは「うん、うん」と言いながら食べ、食べ終えた時に「ブラボー」と一言。渡辺氏が提案した方向性が認められた瞬間だった。

「応援する」と送り出された

数多あるロブションとの対話の中でも、もっとも思い出に残っているものを挙げるとしたら、「やはり辞めることを伝えた時ですね」と渡辺氏。

「その週の金曜日にあるガラディナーに向けてムッシュが来日した折、最初にレストランに来る月曜日にタイミングを見計らい、『お話があります』と切り出したんです。そうしたら『忙しいから後で』と。火曜日も同じ。スマホをいじっていて、どう見ても忙しそうではないのですが(笑)。木曜日にやっと、『明日はガラディナーで私も準備がありますので、今日お時間を!』と言ったら、バーのスペースに呼ばれて」

相談の内容を見通していたロブションは、座るとすぐ「全部話しなさい」と言ったという。

渡辺氏は退職と独立開業の計画を伝えたところ、「どこでやる?」「価格帯は?」「家族は養えるのか?」と細かく確認。最後まで説明したら「ブラボー、ワタナベ!」といつものビンタをパンッと張り、その後抱き寄せた。

「『21年間本当にありがとう、お前のことが大好きだ』と言ってくれて。涙が出ましたね。しかし、次の瞬間『ところで、何人連れて行くんだ?』と(笑)。『自分を含めて4名でございます!』と答えると、またビンタ(笑)。そして『ブラボー!』。『皆をちゃんと幸せにしてやれ、応援するから』と言われて、やはりこの人は、料理人なんだなと思いました」

ロブションの訃報が伝わったのは8月6日。その前から、偶然にも渡辺氏は、今年の盆休みは夫婦で久しぶりにフランスに行く予定を立てていた。

「シャンゼリゼのラトリエにも予約を入れていたんです。それがムッシュの葬儀の前日で……」

ロブションの故郷であるポワティエにて行われた葬儀に参列した渡辺氏。

「最後のお別れをする旅行になるなんて。不思議に思うと同時に、運命的なものも感じています」

2016年7月に浅草駒形の地にて「ナベノ-イズム」をオープンした渡辺氏。「ムッシュは51歳で料理人を引退しましたが、私は50代で自分の料理を追求します」と笑う。料理では、浅草の地に色濃く残る江戸東京の食文化を反映。と同時に、フランス料理の根幹もはずさない。

「『日本』『浅草』という地域性は感じられるべきですが、私の根幹は一つ。フランスという国にすべて教えてもらったので、これから歩むのは自分の道でありながらも、フランスへの、そしてムッシュへの恩返しを続ける道でもあると思っています」

● Nabeno-Ism(ナベノ-イズム)
東京都台東区駒形2-1-17
03-5246-4056

※『Nile’s NILE』2018年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
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