寒ブリを筆頭に、富山湾の豊かな海の幸が味わえる魚の町として知られる氷見。北陸新幹線の開通によりぐっとアクセスがよくなったこの町で、近年、意外なものが注目を集めている。それは、魚でも温泉でもなく、ワイン。しかも、老舗の魚問屋が手がける日本ワインだ。開業当初こそ色物扱いされたが、日本ワインコンクール2017で北陸初の金賞を獲得するなど、味わいでも長野や山梨に劣らぬ実力をつけてきている。
氷見の海を横目に眺めながら、車で丘陵地を上っていく。さわやかな海風が吹き、富山湾を一望できる景勝地に位置するのがセイズファームだ。葡萄畑のほか、ワインと氷見の幸を使った料理が味わえるレストランにゲストハウス、ワインやシードル、加工食品などを販売するショップ、作家による器を扱うギャラリーを備え、規模は小さくとも、洗練された雰囲気を感じさせる。 「最初は、富山でワイン造り、というと、笑われるくらいだったんですよ」と、迎えてくれたセイズファームの山崎勇人さんは言う。発案者は、親会社で江戸時代から続く氷見の魚問屋「釣屋魚問屋」の現社長、釣吉範さんの弟である釣誠二さん。兄とともに経営を支え、レストランなど別事業の立ち上げを手がけていた誠二さんが、最終的な夢として抱いていたのがワイナリーだった。「寒ブリを目当てに観光に来ても、氷見には他に立ち寄れる場所がない。ワイナリーがあれば新たな観光スポットになるし、レストランを併設して氷見の魅力的な食材とワインを味わってもらえる。果実の摘み取り園にもして、家族連れにも楽しんでもらいたい」と誠二さんがよく話していたそうだ。
農作業を地元の人に手伝ってもらえば雇用にもつながる。多方面から地域に貢献できることを粘り強く説明し、ようやく周囲の同意を得て、2007年からプロジェクトがスタートした。だが、誠二さんは醸造所やレストランが完成する2011年秋のわずか半年前に、43歳という若さで逝去。その夢と情熱は、仲間の手に委ねられた。一人の男の言葉(Say)と、それに賛同した人々の言葉を複数形で表したのがセイズファームの名の由来だ。
山崎さんは、誠二さんとともに立ち上げから携わってきた一人。魚の仕事から一転、新潟のワイナリーでの1年間の研修を経て、最初に手がけたのは、畑作りだ。 「30年以上、耕作放棄地だった土地を、自分たちで整えました。作業したのは、全員、魚問屋の人間です。魚の仕事が終わってから畑に上がり、草を刈ったり、柱を立てたり。ある意味、ワイン造りの知識も経験もない、ド素人だからできたんだと思います。知っている人なら最初からやらないでしょうからね」と山崎さん。
2007年から整地を始め、2008年にシャルドネ3000本、カベルネソーヴィニヨン1000本を植樹。現在、9haの畑に品種を増やして、合計1万1000本を育てている。栽培するのは欧州品種のみと決めたのも誠二さんだ。
「シャルドネやカベルネソーヴィニヨンから始め、少しずついろんな品種を植えて土地との相性を試しています」とは、栽培醸造責任者の田向俊さん。氷見出身で、就職した釣屋魚問屋で働くはずがワイン事業に誘われ、ゼロからスタートを切った。「標高が低く、降水量も多い氷見の気候条件は、葡萄作りに適しているとは言えません。そこで、間隔を広くとって株を植え、葉を間引いて海風を通したり、反対に日が当たり過ぎる場所では葉を残したりして試行錯誤してきました」と振り返る。どんな環境であれ、その中で育った葡萄こそが氷見の味だ。ならば、「品種の特性がピュアに表現された、氷見ならではのワインを造る」と考えた。 「この辺りは海から隆起した珪藻土系の土で、ミネラル分が豊富です。温暖な気候のニュアンスが出やすく、シャルドネでも酸味が柔らかで、熟れた果実の香りがあり、海風の影響もあるのか、ほのかに塩味が感じられるのも個性になっています」
日本ワインコンクール2017の欧州系品種白部門で金賞を受賞したのは「オジコシャルドネ2016」。オジコとは、氷見の方言で「弟」を意味する。ステンレスタンクで発酵・熟成させたため、氷見のテロワールがそのまま保たれるのが特徴で、魚介料理にもよく合う。 「最近では、スペイン種のアルバリーニョにも力を入れています。現地でも海沿いで葡萄が作られていて、香りが華やかで、味もしっかりしている人気の品種です。成熟が早くても、皮が厚いので破れたり病気にかかったりしにくく、現地で海産物と一緒に楽しまれているという味わいも、うちにとっては理想的です」
レストランは、東京や全国のワインや旅を好む層に向けた、氷見の食材とワインをゆったりと楽しめる大人の空間。料理を手がけるのは、埼玉出身で、銀座のカリフォルニアキュイジーヌのシェフをしていた渡邉隆二さんだ。就任前は縁のない氷見に赴くことに迷いもあったが、現地を訪れた際、かつて勤めたヘルシンキの店が思い浮かんだという。 「氷見は確かに食材が豊富ですが、常に何でも手に入る東京とは違う。だからこそ、氷見の自然の流れと一体となり、その時地元で手に入る一番いい食材を使って、その都度変化する料理を作りたい。銀座の店のシェフもそうした理念を持った人で、それができることは、料理人にとって幸せなことだと思います」
葡萄とボトルを中心に立山連峰や魚、かまどを描いたセイズファームのシンボルマークなど、全体のデザインディレクションをするマネジャーの飯田健児さん。地元と共にある農園の在り方と、収穫の手伝いに来た地元の人に食事を振る舞うのが好きだった誠二さんの思いを表現した。 「私たちの葡萄作りはまだ始まったばかり。100年後にこの畑に立つ青年にも、誠二さんの思いを感じてもらえたらと思っています」
一人の男の夢からスタートした氷見のワインは、今、確かな一歩を歩み始めていた。
● セイズファーム
富山県氷見市余川北山238
TEL 0766-72-8288
※『Nile’s NILE』2018年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

