食

料理人・石川秀樹とその仲間たち 石かわ

かつての花街の色香がほんのり立ち上る粋な町、神楽坂。
老舗割烹や料亭が点在するこの地に根を下ろし、食通たちの舌を喜ばせている店がある。石川秀樹氏が2003年にオープンした石かわと、その姉妹店である虎白(こはく)と蓮(れん)の3店だ。師匠の石川氏と弟子の小泉瑚佑慈(こうじ)氏、三科惇(みしなじゅん)氏が獲得したミシュランの星は計8つ。師弟が紡ぐこの類まれな“店の輪”の中心を貫くのは、「愛」である。

Photo TONY TANIUCHI、Masahiro Goda Text Junko Chiba

かつての花街の色香がほんのり立ち上る粋な町、神楽坂。
老舗割烹や料亭が点在するこの地に根を下ろし、食通たちの舌を喜ばせている店がある。石川秀樹氏が2003年にオープンした石かわと、その姉妹店である虎白(こはく)と蓮(れん)の3店だ。師匠の石川氏と弟子の小泉瑚佑慈(こうじ)氏、三科惇(みしなじゅん)氏が獲得したミシュランの星は計8つ。師弟が紡ぐこの類まれな“店の輪”の中心を貫くのは、「愛」である。

石川氏の視線の先には常に、お客さんや弟子、店のスタッフ、仕入れ先の業者など、石かわを取り巻く人々の笑顔が映じている。それこそが飲食に関わる喜びでもあるのだ。

料理人の修業は厳しいことで知られる。それを耐え抜いて初めて一人前になる。そして、才能勝負の世界でもあり、弟子を一人前の料理人に育てるのはかなり難しいはずだ。そんな中、石川氏は10年に満たない短期間で数人の料理人を育て上げ、独立させている。それを可能にした彼の経営ならびに人材の発掘・育成の手法に、特別な秘策はあるのか。

近隣で店を張る“石川一門”。一龍三虎堂の経営者でもある石川氏は、スタッフから「おやっさん」と呼ばれ、慕われている。今後も気鋭の料理人を輩出することが期待される。

(左から)石かわ 石川秀樹
のれんを掲げて以来、素材を生かした創意ある料理で評判に。ミシュラン3つ星を獲得。今年はジャンルを超えた新感覚レストランRESTAURANT NANPEIDAIをプロデュース。

虎白 小泉瑚佑慈
小泉氏は八重洲にあった岡ざきで料理長の石川氏に師事。独立する氏とともに、創業から石かわを支えてきた。虎白をオープンしたのは2008年。ミシュラン3つ星を獲得。

蓮 三科惇
2009年の蓮のオープンスタッフである三科氏は、4年前から店長兼料理長を務める。石かわへ入った当初は「僕がふにゃふにゃしてて叱られてばかり」の毎日。ミシュラン2つ星を獲得。

信じるマネジメント

石川氏は、石かわ、虎白、蓮の3店舗を持つ一龍三虎堂の経営者だ。虎白と蓮は姉妹店となるわけだが、食材の仕入れから献立づくり、サービスまで、すべてが店主の采配に任されている。つまり石川氏はノータッチ。弟子のやり方に口を挟むことはない。それが彼の奉じる「信じるマネジメント」だ。

「何ができる・できない、失敗した・うまくいった、なんてことはどうでもいい。弟子の行動や成果で信用度が揺らぐようでは、本当の意味で信じていることにはなりませんよね。だから無条件で信じる。何があっても、人として信じて任せるだけです」

石川氏はだからこそ、売り上げとか、前年比○%アップといった“くだらない数値目標”は一切設定していない。ただ一つだけ決め事がある。それは原価率を守ることだ。「どの店も一般的に言われている原価率を守りながらやっている中で、“価値”があるものを作るのが料理人の仕事だと思う。やっぱり石かわ(虎白、蓮)は違うよね、とより多くの人に喜ばれ、選んでもらえる店にする努力と工夫を重ねる」という考えだ。

小泉・三科両氏も口をそろえる。

「本当に信用して任せてくれます。責任をもっていい仕事をしようという気持ちになれますよね。それに基本、何も教えられないので、弟子は師匠や先輩の仕事を見て覚え、自分の頭で考える習慣が身につきます。いい提案はどんどん受け入れてくれる。僕らだけでなく店の皆も、人としてリスペクトされてる、大事にされてると感じていると思います」

これがまさに石川流の「信じるマネジメント」だ。とはいえ、彼がこの今の心持ちに達するまでには、20年におよぶ葛藤があった。「日々、行。今も学び続けている」という。

昔は鬼だった!?

石川氏が「料理道」に入ったのは、郷里の新潟から上京し、「フリーターをしていた」20歳の時。何もやることがなく、「昼間はカフェバーで、夜はブティックホテルで清掃のバイト」という日々。「このままブラブラしていてはダメだ。割烹に入れば何かが身につくだろうな」という漠然とした思いから、飛び込みで原宿の割烹さくらの面接に乗り込んだ。

「バーを併設したかっこいい割烹でね。雑誌に芸能人がよく来る店として取り上げられていました。それでミーハー気分で、しかもロン毛にはやりの服っていで立ちで社長に会いに行った。完全なアホです。『何しに来たの?』って言われました」

その時に出会った大将が、一昨年、銀座に梧洋を開店した勝又茂美氏だ。石川氏は「当時の僕は休みに何して遊ぼうかしか考えてないんだから、ぼろくそですよ。でも大将はやさしくて、あったかくて。親と同じぐらい恩義を感じてます。今も、いや死ぬまで、大将を裏切っちゃいけないという思いは変わりません」と言う。さくらを皮切りに青山の穂積、乃木坂の神谷などで修業を積み、38歳で独立。この頃から、自分の心を整えることの大切さを学び始めた。

「昔は本当にひどかった。弟子が何かヘマをすると『この野郎!』ってキレて、1週間も口をきかないこともザラでした。でも怒りの元は恐怖なんですよ。『そんなことしてたら、俺の評価が下がるじゃないか。お客さんが来なくなって、店がつぶれたらどうすんだ。ワーッ!』って。自分の身に降りかかるマイナスの評価や結果を恐れて弟子やスタッフを攻撃してたんです。それじゃあダメだ、一番の問題は自分の心なんだとわかってきた。今はカーッとなっても、『皆、事情があるんだから』と、起きた現象を丸のみできるようになりました」

八重洲にあった岡ざきの時代から石川氏を知る小泉氏が「昔は鬼だった」と“証言”するが、何が石川氏を変えたのか。一つは仏教、哲学、心理学等の本をたくさん読んだこと。もう一つは、「決して怒らず、きっちり説諭する」小泉氏の姿勢を学んだこと。小泉氏は「心の師匠」だという。

愛でつながる従業員の和

石かわで特徴的なのは、3店のスタッフたちが寮で暮らすこと。「家賃負担が軽くなるし、人間関係の“嫌なこと”を乗り越えられるよう、あえて共同生活という試練を与えている」。またローテーションで3店を経験させるのは、いろんな環境、人との出会いから多くを学んで欲しいから。底流には、石川氏の愛がある。

「皆が顔を合わせる機会は多いですよ。例えば隔月で誕生会とか、創立記念パーティーなども開いてます。カラオケが楽しくてね。30人全員で同じ曲を歌うんです。盛り上がりますよ。従業員同士も信頼し合って、仲良くすることは大事。調理場とサービスの垣根は取っ払わないとね。あと、営業前の“夕礼”では5分ほど、読書会をやっています。順番に一節ずつ音読するんです。最近は、アドラーの『嫌われる勇気』を読んでいます。今まで本を読まなかった人でも強制的に1年に4、5冊は読むことになりますよね」

弟子を始め従業員の和を大切にする石川氏が目指すのは、「一人でも多くのお客さんから、やっぱり世界中のどの店よりも石かわ、虎白、蓮に来て良かったと思ってもらえるように努力をする」ことだ。「そのためにやることはいっぱいある。小さなバリューをいくつもためて、弱点は改善してプラスに転じる。その繰り返しで“下がらない仕組み”を作る。僕は料理ではなく、そういう考え方を教えてるんです」――“石かわ育ち”の料理人たちが「食を通して皆が幸せになる、喜びの輪」を広げていくことが、石川氏の望みなのである。

年始めに全員で毘沙門天・善國寺に参詣するのが恒例行事となっている。店のスタッフだけでなく、関係者も含め、総勢38人。寺の住職から一人ひとり祈祷してもらい、気持ちを引き締める。

脆美豊満 心を乱す

石川氏が今回使った蟹の産地を尋ねると、「蟹に限らず、食材の産地はどうでもいい」とにべもない。「もちろん、よりおいしいものを選びますが、この産地でなければダメだと決めつけるのがイヤなんです。頭が固くなるじゃないですか。若い子だって、例えば『鯛は明石産が一番だ』などと教えられると、そこしか見えなくなる。確かに明石産の鯛は年間通してレベルが高く、おいしいものが多いけれど、もし今日手に入らなかったらどうするんですか。産地ではなく、いい食材を見る目を育てないと、柔軟な発想もできなくなります。どこでもおいしいものがたくさん取れるし、今日取れたものの中でも個体によっておいしさは違う。あちこちから集まってくる築地市場でいろんなものを見て、いいと思ったものを選ぶ。うちで使う食材の産地は、僕が選んだものが結果としてどこだったか、というだけです」

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    白子のふんわりした食感とやさしい味わいに、蟹の淡泊なようでいて濃厚な旨みがガツンとくる。“蟹湖”に“白子島”が浮かんでいるような仕立てがまた美しい。器は岐阜県の陶芸作家、瀧川恵美子(たきかわえみこ)氏の志野(桃山時代の名陶)の写し。
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    新潟県の燕市出身の石川氏は、子どものころから「イヤんなるくらい」蟹を食べたという。お父さんが漁港で“仕入れた”蟹を一度に丸ごと2、3杯! 今でも大好きな食材だ。
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横合いから阿吽の呼吸で、虎白の小泉氏が「石かわ産です」と一言。言い得て妙だと感心した。「料理人にとって大事なのは、産地で食材を選ぶのではなく、いい素材を見極められる目を持つことだ」というのが石川氏の考えだ。「そうして素材をえりすぐることに加えて、組み合わせと調理法などで、今までありそうでなかったものを考える。新しい価値を作ることが仕事だから、よその店では食べられないものを作らないと、お客さんがうちに来る意味がないでしょう? そこを一生懸命考えます」

今回の蟹と白子をあえた料理も、言われてみれば、ありそうでなかった組み合わせだ。「店でも、フグの白子を焼いて、蟹のエキスをかけた料理は出しています。ただ、それだと白子がメインになっちゃう。今回は、蟹の身とフグの白子をゆっくり炭火で焼き、蟹を丸ごと煮て出したスープを葛で薄くひいて、蟹の葛餡仕立てにしました」

石川氏は「本当はスープだけにしようと思った」そうだが、読者が目でおいしさを感じられるよう“写真映え”を考慮してくれた。蟹の葛餡は幻想的な水をたたえた湖のような、海のような美しさ。そこにフグの白子が今まさに沈もうとしながら、迫力ある存在感を示している。味わいはもちろんのこと、目にもおいしい上品な一品である。

「虎白と蓮がどんなものを出してくるか、今のこの瞬間まで知りませんでした。僕は“大将権限”で、自分の作る料理を彼らに告げただけ。いやあ、2人ともちゃんとわかってるなと感じました。虎白には『いろんなことにチャレンジしろ』、蓮には『石かわよりもっとシンプルを追求しろ』と言っているので。で、シンプルにして組み合わせの妙が楽しめる料理をコンセプトにしている石かわがあって、3店の特徴、『らしさ』がきれいに出た蟹料理がそろいましたよね」

石川氏は頬を緩める。3店に共通するのは「ここでしか味わえないおいしさ」を提供すること。“石川一門”の進化はとどまる所を知らない。

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石川秀樹語録

「料理のテクニックはどうでもいい。入ってから覚えりゃいいんだから。」

「料理やってたら、最終的にはサービスですよ。料理だけやってればいいんじゃなくて、お店構えるんだったら、お客さんに喜んでもらえることをどんどん考えてやっていかなくちゃ。」

「気にくわないことがあっても『事情があるんだな』とのみ込む。昔はよく怒ったけど、今は怒りの収まる時間が短くなった。『待て、待て、待て。皆、事情があるんだから』って。」

「調理場もサービスもお客さんに喜んでもらうためにやってる。何か言われてケンカしてギスギスしてる場合じゃないんだよ。楽しくないし。」

「うちは売り上げ目標なんかない。お金の奴隷になりたくないんで。お客さんが『また来たいな』ってリピートで来てくれることが唯一のバロメーター。」

「店の子が辞める時は、僕、いつも号泣するんですよ。入ってきた時はみんな、夢と希望にあふれてるんです。入ったからには店や社長、皆のために力になりたいと思ってるんです。そういう子を『ダメだ、ダメだ』ってつぶしたのは僕だって思うと、悲しくて涙が止まらない。」

「『こんなことをするために入ったんじゃありません。僕は料理をやりたいんです』なんて言う人は、環境の奴隷なんです。」

「生きづらい人生を生きやすくしようよ、お互いに学びながら」。その思いを共有することが、師弟関係の出発点。

「弟子が失敗しようが何しようが無条件で信じないと、信頼関係は築けない。」

「怒るっていうのは、自分の評価が下がるのが怖いからなんですよ。昔の僕はそれをすごく怖がって、怒ってばかりいた。」

「店をいっぱいつくろうなんて思ってない。それは結果の問題。」

「トイレ掃除を10年やれって言われたら、素直に10年楽しくやれる人は大成功者ですよ。1年間トイレ掃除だけを楽しくやり、日本一早くきれいにできるようになった1年生は、それから料理をやったら、1年間必死に料理をやってる人なんか、ぶち抜いていける。10年先にやってる人だって、ぶち抜ける。僕はそういうものだと思ってる。」

● 石かわ
東京都新宿区神楽坂5-37 高村ビル
TEL 03-5225-0173

※『Nile’s NILE』2018年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

真のラグジュアリーとは何か

真のラグジュアリーとは何か

ラグジュアリーの定義が、音を立てて変わりゆく時代にあっても、最高峰のプロダクトを手にし、その圧倒的な美しさに触れる高揚感が、人生を鮮やかに彩る原動力であることを、私たちは知っています。
物質的な豊かさが、依然として私たちの精神を支える強靭な基盤であることに、言を俟ちません。
真の贅沢はそこから始まります。
アルゴリズムが弾き出す「正解」を疑い、自らの審美眼と直感で未踏の価値を切り拓く。
その「知的冒険」こそが、グローバリズム崩壊後の世界に残された、最後のラグジュアリーではないかと考えます。
Nile's NILE Digitalは、物質と精神、伝統と革新、都市の快楽と野生の回復――この相反する要素を「アンビバレンス」として愉しむ、選ばれた冒険者たちのためのプラットフォーム。
混沌を優雅にサバイブするための視座と、本物の体験へのアクセス権。
ここはまさにDesigning for the Exceptionalsの砦。
知的冒険者たちが集い、次なる航路を描くための、現代の港となります。

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