コスモポリタン、京に還る
尾張屋の創業は約550年前。尾張国の菓子職人が、京で菓子屋を開業したのが始まりだ。そして蕎麦屋を開業したのが約300年前。稲岡亜里子さんは蕎麦屋も始めた初代伝左衛門から数えて16代目、初の女性当主だ。とはいえ彼女が家を継ぐと決めたのは8年ほど前のこと。それまでは写真家として活躍していた“変わり種”である。
「中学生の頃から外国に住んでみたくて。母が1960年代に3年ほどフランスで暮らしていた影響かもしれませんね。願いがかなって16歳で渡米し、美術の勉強がしたくて高校では写真のクラスを取りました。その後、NYのパーソンズという美大の写真科に進学したんです」
亜里子さんは卒業してすぐ、写真家として独立。24歳の頃から東京の事務所にも身を置き、NY―東京を行き来する毎日。「気がついたら10年経っていた感じ」だったという。
「NYは競争が激しく、いくらがんばっても貯金ができない。29歳の時に『世界をもっと見たい』と思い、ベースを東京に決めました。『TRANSIT』というトラベルカルチャー誌の仕事を中心に世界を旅する一方で、作品づくりにも励みました。仕事の軸足をカルチャー寄りにしていったのはこの頃です」
そんな折、転機が訪れた。弟が家業を継がないと明言したのだ。
「世界を旅すれば旅するほど、京都はいい所だなと感じ始めていた時でもあったので、ようやく家業に対する興味がわいてきたというか。尾張屋が京都の歴史・文化とともに育ってきたことがわかり、すごい店だったんだと再認識しました」
継ぐと決めて2年くらいは家業の傍ら写真の仕事も続けていた亜里子さんだが、お父さんが亡くなって事態は一変。90人の従業員を抱える会社の経営が重くのしかかってきた。
「父がいたからこそ、店が回っていたと痛感しました。私が新しい方針やアイデアを出しても、信頼関係の土台がないからなかなか伝わらないんですね。チームで協力しないと会社の仕事は進まないのに、無意識のうちに一人で全て背負い込もうとしていた気がします。社員の皆さんの方が、戸惑いや不安が大きかったでしょう。そんな大変な時期に妊娠をして。最初はみんなに心配をかけまいと隠していましたが、だんだんおなかが大きくなってきて『あれ?』って。でもみんな、心から祝福してくれたんですよね。今思い出しても涙が出るくらいやさしくて。以後は一人でがんばらず、みんなに助けてもらってます。伝統を守りつつ、新しいことも手がけていきたい」
「挑戦好き」を自任する亜里子さんはこの5月、北海道産の蕎麦粉で作った乾麺と無添加の濃縮だしのセットを新しく売り出す。また来年初頭に、蕎麦のケーキと蕎麦かりんとうの販売をスタートさせる予定。「蕎麦菓子の尾張屋」としてのブランディングにも力を入れていきたい考えだ。亜里子さんが舵を切る新生・尾張屋は今まさに変化の時を迎えている。
● 本家尾張屋 本店 (2026.10現在は休業中)
京都市中京区車屋町通二条下ル
TEL 075-231-3446
八ッ橋の誕生から320年余り。老舗中の老舗、聖護院八ッ橋総本店の暖簾を次代へとつなぐのが、一人娘の鈴鹿可奈子さんだ。中学1年生の時にもう現社長のお父さんに“お店を継ぎます宣言”をしたという。
「小さい頃から八ッ橋・生八ッ橋がおいしくて、大好きでしたので、『大人になったら八ッ橋をたくさんの人に食べてもらうための仕事がしたい』と自然に思っていました。今も毎日のように食べてます。うちは『味は伝統』という言葉を掲げてますが、これはいつの時代もお客様が口にしたときに感じられる“おいしさ”を変えないということ。そのために、レシピは時代に合わせて緩やかに変わっていると思います」
最初の“修業先”は京都大学経済学部。在学中に米カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学し、MBAの基礎を学んだ。すべては「店を継ぐため」。経営、販売戦略、人事、マーケティング、財務管理など、海外での学びは、今の仕事を支える強力な論理的バックボーンになっている。
そして大学卒業後、1年間の帝国データバンク勤務を経て、家業に身を投じた。10年ほど前、23歳の時だ。そして「niki niki」という新ブランドを立ち上げたのは入社5年目のこと。八ッ橋、生八ッ橋を様々な色や形にしたり、従来の生八ッ橋にはない餡やコンフィチュールを組み合わせたりといった、カラフルで愛らしいお菓子が並ぶ。
「当店でつくるお菓子は全て、八ッ橋・生八ッ橋・それらの根幹であるニッキの味の枠を越えないものです。niki nikiもそう。八ッ橋のいろいろな楽しみ方の一つです。八ッ橋はお土産のイメージが強くなり過ぎたせいか、地元の、特に若い人があまり食べなくなっていたので、観光客だけではなく、地元の方にも召し上がって欲しいと思ったんです」
可奈子さんにとっての変革は、普遍の伝統に根ざすもの。それは京都の魅力にも通じる精神のように思う。
「2年前、世界博物館大会を京都に誘致するためにパリに行ってきました。京都の魅力というテーマでスピーチを考えていた際に気付いたのは、例えば着物や茶の湯、お祭りなど、京都では文化が古来、暮らしの中に溶け込みながら受け継がれてきた、ということです。決して手が触れられないショーケースに、そのままの形を保つために保存されているのではなく。私自身、その際、祖母の娘時代の振袖を着て、スピーチをしました。京都育ちの私には、自然と、日常の中で代々受け継がれてきたものを、時代に合わせて柔軟に活用する京都らしさのようなものが備わっているのかもしれません」
京の文化は本質が変わることなく、その時々の生活に適応しながら続いていくもの。八ッ橋も同じだと可奈子さんは言う。「今後も代々伝わる『人と地元を大切にしなさい』という教えを守り、感謝の気持ちを忘れずに、さらに100年200年愛されるおいしいお菓子を作っていきたい」と強く思っている。
● 聖護院八ッ橋総本店
京都市左京区聖護院山王町6
TEL 075-761-5151
※『Nile’s NILE』2018年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています。

